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そのトビアスの言葉にヴァルムはそっと小さく息を吐き、ホッと胸を撫で下ろした。
“ボスハウト家”と言い添えたと言うことは、陛下がこれから先もリアーヌたちをボスハウト家の人間として扱うという、意思表示だと思えたからだ。
ヴァルムの忠誠はあくまでもボスハウト家に捧げられている。
例え思いやりや深い愛情からであっても、ようやく見つけたボスハウト家の跡取りたちを王家に差し出すわけには行かなかったのだ。
「――主に代わり、御礼申し上げます」
深々と頭を下げるヴァルムがなにを警戒していたのか、手に取るように理解していたトビアスはクスリと小さな微笑みを浮かべた後、再び神妙な面持ちで語りかける。
「つきましては、ボスハウト家がご嫡男ザーム様のご結婚をぜひ祝福させてほしいと……」
「そ、れは……――当家と致しましては願ってもいないことでございますが……」
珍しくヴァルムは言葉を詰まらせながら答える。
それもそのはず、先ほどの発言は、国王陛下がザームの結婚式に出席する。 という宣言に他ならなかった。
ボスハウト家が子爵であることを考えれば、それは異例のことであり、先ほどの国王の言葉がウソでも社交辞令でも無いのだと知らせるようなものだった。
「――陛下はマルガレータ様を大変に可愛がっていただいたのだと……今でも大変慕っておいでです……――苦労多き時を過ごされていたと知ってからは、少しでもお力になりたいと……」
「――陛下の心配りに感謝するばかりにございます」
「……それが無くともボスハウト家は王家に連なる家……常々お心を砕かれておいでなのですよ」
そんなトビアスの言葉にヴァルムはその目を大きく見開いた。
そして呆然とした表情でトビアスを見つめ返す。
(なんのウソも付いていない……?)
その驚きはヴァルムに決して少なくはない喜びを与えることになった。
ヴァルムとて、昔のボスハウト家が周りからどのように思われていたのかぐらいは理解していた。
仕えている自分ですら眉をひそめるような状況だった時、国王がボスハウト家に心を砕いていた――……結果、どうにもならなかったとしても、その事実がたまらなく嬉しかったのだ。
「もったいないお言葉でございます……」
穏やかな笑顔を浮かべたヴァルムはトビアスを通じ、国王陛下その人へ深々と頭を垂れたのであった――
◇
ヴァルムが立ち去った後の執事室の扉を、ヴァルムの見送りに出ていたオリバーが再びノックした。
「――入れ」
「ヴァルム殿、お帰りになりました」
窓の外に視線を送っていたトビアスは、その言葉にオリバーに視線を移しながら口を開いた。
「そうか。 ……それでお前の見立ては?」
その表情には笑顔の欠片もなく、ただ無表情にオリバーからの報告を待っていた。
ヴァルムの要請により今回の旅にオリバーを同行させたのは、ボスハウト家に恩を売りたいという思惑とは別に、リエンヌやリアーヌ、そしてザームの人となりを確認する意味合いもあった。
――殊更、リアーヌに関しては入学当初から問題やトラブルの渦中にあることが多く、王族の一員としての資質があるのかどうか、トビアスは信頼できる部下に確かめさせたかったのだ。
「――立ち振る舞いには難がありすぎるかと……」
「……カーテンの影に隠れて試験を突破してしまうお嬢様だからな?」
オリバーの言葉に、トビアスはクスリと笑いを漏らしながら答える。
覚えられる頭があるのであれば、今の実力はどうでも良いと思えた。
それよりも肝心なのはその人間性――いくら陛下が気に入っていようと、ヴァルムが大切にしていようと、これから先王家に仇となるような人物であるならば、今から対応を考えておかなくてはならない――トビアスは王家に、今代の国王陛下だけに忠誠を誓っていた。
「純粋な疑問なんですけど、教養学科合格、しかもAクラスって……なにか特別な心配りがあったんですかね……?」
オリバーはリアーヌの成績に関して、なんらかの改ざんかあったのか? とやんわりと探りを入れた。
「まさか。 ……しかしその時はすでにリエンヌ様のお顔立ちのことで我々の間では多少のウワサにはなっていたからな……結果次第では心を配っていたやもしれないが――……行動的でいらっしゃるところはマルガレータ様の血筋やもしれんな?」
トビアスの言葉にオリバーは苦笑を返すと、大きく息を吐きながらしみじみと呟いた。
「――本当に自力で突破しちゃったんですねぇ……」
「しかも座学だけで見るならば三位という才女だ」
「なにかの冗談……――いや、知識は豊富なのか……」
オリバーはそう呟くと、アゴに手を当てブツブツと独り言を話しながらなにかを考え始めた。
「――お前の目から見て、リアーヌ様は王族足りえるか? それとも否か⁇」
トビアスは再び真剣な表情をオリバーに向けると、その答えを静かに待った。
貴き血筋は厳重に保護してゆかねばならない。
例えそれが、公にはならない事実だとしても。
例えそれが、国を捨て、好いた男と駆け落ちするために一芝居打った姫君の孫だとしても。
この国の明るい未来のために、貴き血筋は決して途絶えさせてはならないのだ。
トビアスの言葉に深々と頭を下げながらオリバーは言った。
頭の中では、国王を招くに恥ずかしくない結婚式にする為、今から準備しなくては……! と必死に考えを巡らせながら……




