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「おー……手慣れてんねぇー」
ビアンカの手伝いを受けながら、真剣な顔つきで作業を進めていくリアーヌの姿に、ゼクスは感心したようにティーカップを傾ける。
そんなゼクスにリアーヌは「ハハ……」と愛想笑いを浮かべながら、内心で悪態をつきまくる。
(さっさと終わらせなかったらご飯抜きになるからですけど⁉︎ ビアンカが手伝うって話だったから、当然お前も手伝うと思ってたのに「――えっ? 俺、依頼主で報酬も支払うのに⁇」とか言い出しやがって! その通りですよね‼︎ 当てにしてすみませんでしたっ⁉︎ ――くっそお……自分だけケーキセットとか楽しみやがって……――いや隣のテーブルには私たちの分も注文してくれたのがあるけれどもっ! ――飲もうとしたらビアンカが「終わってからにしましょうね?」って圧かけられたし……)
内心で考えていることが、そろそろ表情ののほうにも影響を与え出した頃――
リアーヌはあることに気がついた。
(――あれ、待って……?)
そして声をひそめて、時折うっとりた表情で本を捲っているビアンカに話しかけた。
「ビアンカ、写本する分の紙とか持ってる……?」
リアーヌの見立てでは、ゼクスが用意してきた分の紙では二冊分写本するには少々足りないようだった。
(当然ゼクスの分はある……急ぎで写本の依頼を持ってきたんだから当然だ。 ――問題はビアンカの分……多分半分ぐらい足りないと思うんだよけど……)
「――紙……ノート――いえ、だって写本にするのに……」
私の言葉に、手を止めてブツブツと考え込み始めるビアンカ。
(あー……あとで本にするつもりなら、ノートの罫線は邪魔だよねー……――そもそもこの本っていつまでゼクスの手元にあるんだろう? 明日の朝までとかなら放課後とか時間取ってくれたり……?)
「――失礼ですがラッフィナート殿。 これが終わりましたら、お待ちいただいても?」
考えがまとまったのか、ビアンカはゼクスに向かい少し困ったように首をかしげながらたずねる。
「構いませんよー」
ニコニコと愛想よく答えるゼクス。
そんな二人のやり取りに、今度はリアーヌが首を傾げ不思議そうに口を開く。
「――今買ってこないの? 少しの間くらい一人でも大丈夫だよ⁇」
その言葉にビアンカはピクリと眉を引き上げ、ゼクスはもにょもにょと弧を描きそうになる口を押しとどめている。
「…………」
「…………」
(――あっ、これは私……なにか失言をしましたね……?)
事態を察したリアーヌは視線を揺らしながらヘラリ……と愛想笑いを浮かべるが、ビアンカは素知らぬ顔で微笑みながら属すに話しかける。
まるでリアーヌの発言など無かったかのように。
「――お待ちいただけると言っていただけて嬉しいですわ」
「お安い御用ですよー」
ゼクスもビアンカに合わせるように答えるが、無意識なのかわざとなのか、その唇はニマニマと弧を描き、その瞳は愉快なものを見つめるようにリアーヌに向けられていた。
(――行ってきたら? かなぁ……え、一緒に行くべきだった……⁇)
リアーヌは最後まで正解を理解することは無かったが――
通常、貴族階級の未婚女性が親族や婚約者以外の男性と二人きりになることは基本的に避けるべき行為だ。
その上、他人の目に付きやすいこの席で、生徒の中でも有名な部類に入るゼクスと、トラブルを抱えているリアーヌという組み合わせは、いやがらせをしている者たちへの燃料供給にしかならない。
ビアンカはそれを全て理解しているからこそ、購買部へ行くことをやめ、ゼクスは自分が巻き込まれることを嫌いビアンカの提案に乗ったのだった。
「――買いに行く時間が増えたんだからその分、早く終わらせなさい?」
作業を続けながら、自分のやらかしについて考えこんでいるリアーヌに、ビアンカはとびきりの笑顔を浮かべ言う。
その美しい笑顔に震え上がったリアーヌはコクコクと何度も頷いた。
「――失礼。 もしお困りならばこちらをどうぞ?」
リアーヌが作業を再開させ、そろそろ紙が無くなるという時、そんな声と共に目の前にスッと紙の束が差し出された。
作業をしていなかったゼクスは、その人物が近づいてきた段階で、面白くなさそうにこっそりとため息をつき、作業をしていたリアーヌたちは、驚いてパッと顔を上げた。
そこに立っていたのは、青い髪に青い瞳を持ち、爽やかで優しそうな笑顔を浮かべたフィリップ・パラディールだった。
パラディール公爵家嫡男という肩書きを持つ、攻略対象者でもある。
(――今じゃない……絶対に今のタイミングじゃないっ! なんでこんな些細なトラブルに手を差し伸べてしまうん⁉︎ ――……まさかこの男、色白美人のビアンカに良いところを見せようと……⁉︎ くっ……なんて邪まみれの善意! 婚約者持ちの分際でっ‼︎ )
「――まぁよろしいんですの?」
「もちろんです」
「ありがとうございます!」
嬉しそうに感謝の言葉を伝えているビアンカに対し、リアーヌは心の中で(騙されないでっ! そいつの親切心は下心にまみれているんだからっ!)と叫んでいた。
「この程度、なんてことはありませんよ」
「おかげで助かりましたわ。 ラッフィナート殿にもご迷惑をお掛けしなくてすみそうですし」
「いやいやー。 迷惑なんかじゃありませんでしたよ――でもまぁ……ご親切にどうも?」




