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夜も更けきった頃――
王城のとある一室に集まった者たちは、とある者の報告に耳を傾けていた。
報告者はオリバー・ハイツマン、臨時でリアーヌの護衛を務めた男性だった。
そして報告を受けている者が二人、ボスハウト家執事、ヴァルム・ヘイムントと、国王陛下の筆頭執事でありオリバーの上司でもある、トビアス・ハイツマンだ。
「――そして帰りに寄られたセハの港では、ご友人のために本をお探しになり、ご自身はアウレラの本に興味を示され、何冊か購入されています」
オリバーの話が一度途切れたタイミングで、ヴァルムが真剣な表情で手を上げ、質問があるという意志を示した。
オリバーが視線を下げ「どうぞ」と応えると、ヴァルムは大きく息を吸い込んでから、ゆっくりと口を開く。
「――その際、生物などは……?」
「――ハンナ殿もラッフィナート男爵も……及ばすながら私も目を光らせておりましたので……」
「そうですか……」
ヴァルムは心底安心したように、大きく息を吐き出しながら答えた。
「――ヴァルムの話では本には興味が薄いということだったが……?」
トビアスは言外に「もう少し詳しく話せ」と、にじませながらたずねた。
「どうも、あちらの国に多大なご興味があるご様子でした。 それと……」
と、オリバーはそこで言いにくそうに言葉を濁したが、トビアスからもヴァルムからも続きを促すような目で見つめられ、軽く息をつきながら続きの言葉を口にした。
「――あっちのは天使が出しゃばらないから読みやすい、と……」
「……天使?」
オリバーの言葉に、トビアスは訝しげに返し、ヴァルムはその言葉に思い当たる節があるのか、苦笑しながらも納得したように数回頷いて見せた。
「どういうことだ?」
話が理解できないトビアスが説明を求めると、ヴァルムは、浮かべた苦笑をそのままに口を開いた。
「――お嬢様が当家にやってきた当初は、家に置かれていた恋愛小説にとても興味を示されておりました。 読み書きに不安もなかったので、好きに読んでいただこうとしていたのですが――……一冊だけ読み終わると、顔をしかめながら他の本を確認し始め――「どれもこれも天使がうるさい……」そう呟かれ、それてからは図鑑などにしか興味を示されなくなりました――どうも話の途中に詩的な表現が混じってしまうのがお嫌いなようです」
「恋愛小説であったならば、それは多かったことでしょうな?」
トビアスも苦笑しながらも納得したように頷いて答えた。
トビアスがそんな態度をとってしまうほどには、この国の本――殊更、恋愛小説において、天使の出現率は異常に高かった。
まず、夜の帳を下ろすのは天使の役目でであり、誰かが恋に落ちればその脳内で音楽をかき鳴らす。
嬉しい時は花を咲き乱れさせ、悲しい時は空を曇らせ雨を降らせる。
悪戯な風を吹かせるのも天使の役目で、最後にキスを交わし合う主人公たちをベールで覆い隠すのも天使の役目なのだ。
――つまり日本人の感覚からすると、話が盛り上がってくると必ずと言って良いほど天使が出しゃばってくる、ということになってしまう。
(天使が気になりすぎて、トキメキもキュンキュンも全く感じないのだが……? ――読み終わった最初の感想が(天使がウゼェ!)とかいう恋愛小説がこの世に存在してて良いの⁉︎)
これが初めてこの世界の恋愛小説を読んだ時のリアーヌの感想だった。
しかもこの書き方は、この国では一般的な表現方法であり、お約束のようなものだったため、リアーヌのように気にする者のほうが珍しく、誰にこのことを話しても全く理解してもらえなかったのだ。
「――しかし、お嬢様が読書を楽しめるのであればそれは僥倖でございます」
「そうだな。 アウセレの本か……王都でも簡単に手に入るよう、取り計らおうではないか」
その発言にヴァルムは満足そうに頭を下げ、トビアスに感謝の意を示した。
しかし顔を上げた時にはジロリとオリバーに抗戦的な視線を向けていた。
「――それともう一つ……君の報告には、お嬢様のアンナの二人しか知り得ない情報が多々出てくるようだが……?」
ヴァルムはその眼差しに疑惑の色をたっぷりと乗せ「まさか盗み聞きや覗きなどしていないだろうな……?」と、圧をかけながら疑問を口にする。
そんなヴァルムの態度にオリバーは小さくヒョイっと肩をすくめながらことも投げに答えた。
「アンナ殿とは常に情報のやりとりをしていましたので。 殊更リアーヌ様のことに関しては全て把握するようにしていましたよ――たった二人だったんです……なにが命取りになるか分かったものじゃありません」
「――そうか……」
オリバーの説明に、ヴァルムは納得しながらも、苦々しく表情を歪めながら答えた。
「――やはり増員は急務であろうなぁ……」
「面目次第も……」
ヴァルムは申し訳なさそうに頭を下げる。
自分の力が及ばすボスハウト家が没落してしまった結果、今現在、ボスハウト家に忠誠を捧げる使用人の数が激減してしまったことを恥じていた。
「いやいや、あの状況下で良くぞここまで残ってくれたと思っている」
トビアスは本心からそう思い、大きく手を動かしてヴァルムの顔を上げさせた。
「――しかし、守りが少なすぎるというのは事実……――リアーヌ様は来年から侍女同伴での登校を認められる……ヴァルムよ、やはりこちらから何人か連れて行ってはくれんか? ――全ては王家直系の血筋を守るためと堪えてほしい……」
リアーヌの通うレーシェンド学園は、全ての生徒に対して、二学年目からの侍女や侍従、護衛同伴での登校が認められていた。
本当に力のある貴族たちならば、同学年の生徒として侍女や護衛を通わせることもあるがこれは例外として、2年からは貴族階級てはなくともそのほとんどの生徒たちがメイドや護衛を付けるとになる――
しかし使用人が少ないボスハウト家の現状として、リアーヌにアンナを付けることがすらギリギリの状況だったのだ。




