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そして最後に仕立て屋は身体の大きな男性に視線を向け、声をかけようと口を開きかけた――
しかし大柄な男性は、仕立て屋が何事かを声にする前にリアーヌに向かって淡々とした声で短く言い放った
「――アクが強いんだ」
その言葉に、あちゃあー……と顔をしかめおでこを抑える仕立て屋。
パン屋たちも顔を見合わせて苦笑いを浮かべあった。
「……エグいってこと、ですかね?」
「ああ。 毒では無い……」
「なるほど……? ――……それは本当に食べられるんです?」
「……方法は知ってる」
「――えっ⁉︎ あの実食べられたの⁉︎」
大柄な男性の答えに仕立て屋がいち早く反応し、「え、教えてよ、どうやって食べんのさ?」と質問を投げかけている。
そんな二人のやり取りを横目で見ていたリアーヌは小さく肩をすくめながらも、目の前の男性に向かい笑顔を浮かべた。
「実でも構わないと思います。 でも条件は変わりません。 ゼクス様が認める品質であること――これをクリア出来ればちゃんと買い取ってもらえますよ」
「……分かった」
そう答えた大柄な男性はペコ……と、首を動かす程度の会釈をして、自分が元々いたであろう席の方まで戻って行った。
その後ろ姿に仕立て屋の女性が「あー……」と声をあげてながら手を伸ばしていた。
(マイペースぅ……)と苦笑いを浮かべながら、そんなやりとりを見てクスリと笑っていたリアーヌの耳に、ヒソヒソとした村人たちの囁き声が聞こえてきた。
「ジャムは一つって……」
「だったら菓子を作った方が良いんじゃ無いか?」
「無難にポプリの方が……」
「おいおい、いくらこの村がデカくねぇとはいえ、どんだけの家族が住んでると思ってんだよ? 花を乾かすだけで良いならみんなが手をだすに決まってんだろ?」
「食品を扱う店だけが食い物に手を出せるなら、そっちの方が競争率は低いに決まってる」
「なんなら、空いた時間にポプリも作れるからなー」
「おいおい二つも狙うつもりかよ?」
「狙うくらい良いだろうよ? どっちも選ばれねぇかもしれねぇんだから……」
「それもそうか……」
(あれ……これ、無用な争いをこの村に持ち込んでしまったのでは……? ――そうか……ここに集まってる人たちはこの村の代表者――って名目のお店の代表者とかその代理人ばかりで……つまりはこの人たちのお店で働いてる人たちがいるわけで……? ――この人たちだけに儲け話の説明しちゃったのマズかったのでは……――いや、平等にする方法はまだある、かな……?)
リアーヌは嫌な予感をヒシヒシと感じながらも、とある一人の青年をジッと見つめた。
パン屋のたちに挨拶をしながら席を立ったリアーヌは、すぐさまアンナの元へ行き、もう一枚メモ用紙を受け取ると、すぐさま自警団の代表としてこの場に参加している青年の元へと足を進める。
「ちゃんと、ほかのみんさんに説明できそうですか?」
自分には関係ないことのような顔つきで、ぼんやりと周囲の村人たちの様子を眺めていた青年に、リアーヌはニコリと笑顔で問いかけた。
(全てはあなたの説明にかかってるんですけど⁉︎ ずっと「俺には関係ない話してる……」みたいな態度なの、すっごい不安なんですけど⁉︎ あなたがちゃんと他の人に説明してくれないと、お店やってる人と、やってない人との間に溝ができてしまう危険性がありますが、そこんとこ分かっておられますか⁉)
急に声をかけられた青年は、驚きに目を白黒させながらリアーヌの顔を見つめ返していたが、たずねられた言葉はその耳に届いていたらしく、
「――え、ああ……税金は安くなって、労働納税には金がかからなくなった。 ……あとはグランツァの花を乾燥させれば買い取ってもらえる……かもしれない」
と、視線を上に向けながら、思い返すように、たどたどしく答えた。
(――小学生のお使いかな……? 労働者代表だって言うなら、もうちょっと詳しく説明してもらわんと……――これ、説明した相手に「え、どう言うこと⁇ もう少し詳しく教えて⁇」って聞かれても同じことしか繰り返せないやつじゃん…… 遠くから見ててもなんかぼんやりしてるなぁ……? って思ってたけれども!)
「……うん、オッケー。 労働納税云々の説明はこっちで書いとくから、それ見ながらみんなに説明してね? んでポプリとかの話なんだけど、もうチョイ詳しく理解しとこうか……?」
(――多分この人、物事の捉え方がうちの父さんやザームそっくりな人だ……説明してって言ってんのに「なんかよく分かんねーけど……」からの喋り始めるタイプだ……!)
リアーヌは明らかに自分よりも五つ六つ年上であろう青年に弟を重ね合わせると、ため息を吐きながらも素早い動作でその隣の椅子に腰掛け、メモ用紙に手をかざし始める。
(――難しい言葉はなるべく使わない、詳しく説明しようとしない、とりあえずの間は税金が安くなることと、労働納税にかかるお金の話さえちゃんと伝わればいい――)
脳内の言葉をメモ用紙にコピーしていくリアーヌの様子を、興味深そうにどこかワクワクしたような表情で見つめている青年。
その顔つきにさらに弟を重ねたリアーヌは(ちゃんと理解させなくては……!)と、その胸を使命感でいっぱいにしていた。
「じゃあ次は、お金儲けの話ね?」
「お、おう……」
「あそこのラッフィナート男爵はグランツァを使ったおみやげ物を欲しがっています」
「――そうなのか?」
「だから買い取るって話になったんだよ?」
「へぇー……?」
青年はそう声を上げながら、意外そうな顔つきでゼクスを見つめた。
その行動に余計に不安になってしまったリアーヌはその使命感をより一層強くする。




