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「……お姉さん、なに屋さん?」
「あー……格好つけていうと仕立て屋さん。 ――でももっぱらの仕事は服のサイズ直しや補修ばっかり。 ……人のこと言えないけど、この村の連中、あんまり新しい服とか買わないのよー」
わざとらしそうに声をひそめ、手をパタつかせて答える仕立て屋の女性に、親しみやすさを感じたリアーヌは、ふふっと笑い返しながら、今までよりもだいぶ砕けた様子で話し始める。
「そっかぁ……――あ、ならさ? 袋作ってお店に並べとけば? なんかそれだけで儲かる気がするよ?」
「――袋?」
「ポプリ入れる袋。 さすが天下のラッフィナート商会だって、ポプリだけで納品されたってすぐには売れないでしょ?」
「……そりゃあね?」
(もしかしたら問屋さんからはそのまま買うものなのかもしれないけど、中には袋詰めまでされてる商品だってきっとある! だってこの世界ビニールとか無いですから! 入れ物に詰めるってなったら布袋一択なんですよ!)
「なら袋詰めの手間をかけたやつのほうが高く売れる。 それに他の人との差別化もできちゃうし」
「なるほど……?」
「――当然食中毒も起こさないし、お姉さんだったら試行錯誤の努力もいらない……でしょ?」
伺うようにニヤリと笑いながらたずねるリアーヌに、仕立て屋もプッと吹き出しながら笑い返すと、
「あははっ! これまで頑張ってきた甲斐があるってもんだよ!」
と、ケラケラと楽しそうな笑い声を響かせ、嬉しそうに頷く。
仕立て屋の朗らかな笑い声にリアーヌもつられるように笑顔を浮かべていると、リアーヌたちの後ろに座っていた少々おでこの広い男性が話しかけてきた。
「――ポプリってのはそんなに好き勝手作っても良いもんなのか?」
「……みんなで作ってね! って話だったじゃん?」
男性の質問の意図が分からず、リアーヌは首を捻りながらたずね返した。
「や、だからよ? それだと何十種類いってポプリやら菓子やらが出来上がるだろ?」
「……そうなるね?」
「……かまわねぇのか⁇」
「――売る側としては大歓迎だけど……作るほうの人たちは博打になっちゃうかもねー……?」
「博打⁉︎」
リアーヌの答えにギョッと目を剥く男性。
「人気が出れば大儲け、人気が出なけりゃ買い取ってすらもらえない……かも? ――まぁ、初めの段階で“商品として納得できる、ある一定の品質はクリアしてもらう”って条件がついてるから、多少のリスクは元々あるんだけどね?」
「……――確かに?」
リアーヌの言葉にその男性だけではなく、周りの村人たちまでもが一斉に顔をしかめたのを見て、リアーヌは慌てたように言葉を付け加える。
「――でもさ? 花を取ってきて、乾かしておいて、それがいつのまにか商品になってたら、いいお小遣い稼ぎになると思わない? だって今まで通り普通に働いてるんだよ? ポプリがちょっと人気なくても生活は普通にしていけるわけだし……」
説得するようにリアーヌが言葉をかけていると、仕立て屋がそれを後押しするように声を上げた。
「そうですよぉー! 貴族のお嬢様が「これいい匂い! 欲しい‼︎」って言ったんですから売れるに決まってるじゃ無いですかー」
(……えっ⁉︎ 期待が重いんですけど⁉︎)
「お前は袋が売りたいだけだろ⁉︎ 手間ひまかけて作ったんだったらそれなりに売れてもらわねぇと損した気分になるだろうがよ!」
「――安心してくださいって、一難やニ難あっても、それを隠して売り切れるほど素敵な袋作って見せまから!」
そう言いながら男性の腕をバシバシと叩く仕立て屋。
そんな二人のやり取りに、いつの間にか周りの村人たちの表情も明るくなっていた。
「――お前は相変わらず口が達者だなぁ……?」
呆れたようにそう言った男性だったが、その口元にははっきりとした笑みが刻まれていた。
「――……それでさ、お嬢。 実際のところポプリってのは何種類ぐらい買い取ってもらえそうなんだい?」
仕立て屋はリアーヌにズズイッと顔を近づけると囁くように小さな声でたずねる。
「……いい匂いなら上限とかは――?」
「いやいやいや、ここまできといてそんな上っ面の話はやめとこうよー」
リアーヌの答えに、大袈裟な身振り手振りで答える仕立て屋。
そして真剣な表情を作ると真っ直ぐにリアーヌを見つめながら口を開く。
「――どんな売り場にだって限りはある。 他にも商品置くつもりなら余計だ……あたしはあんたの見立てが聞きたいんだ」
真っ直ぐな瞳に見つめられながらリアーヌは返すべき答えを探していた。
(……この人の言ってることは正しい――ポプリ専門店を開くわけじゃ無いんだから売り場は絶対に限られる――……それに多分売れ筋は食べ物になると思うんだよなぁ……――となると当然、売り場の広さだって変わるわけで……――そうだよね、何十種類もは置けない……でも絶対種類は必要。 若い子たちと年配の方々の好みは違うし、男性と女性でも違う。 匂いの濃い薄いだって選べたほうがいい――となると……)
「多くても十種類くらいだと思う」
「十……」
リアーヌの答えを聞いて、そんな声を漏らしたのはおでこの広い男性で、その数を多いと感じているのか少ないと感じているのか、リアーヌには判断がつかなかった。




