15
「――申し訳ないんだけど……」
「こう仰っているんだし、して差し上げたら?」
リアーヌの言葉を遮るようにいったのはビアンカだった。
「……え?」
「して差し上げなさいな」
なんで? と疑問の視線を向けたリアーヌに、ビアンカは少しだけ圧を感じさせる笑顔を向ける。
――一瞬の笑顔だけでリアーヌを黙らせたビアンカは、すぐにゼクスに熱い視線を向ける。
「え、だけど……」
なぜビアンカがゼクスに優しくするのか分からないリアーヌだったが、それでもゼクスの頼みなど聞きたくないと、さらに言葉を重ねようとした。
しかし――
「――して、差し上げて⁇」
ハッキリと圧を感じるビアンカの笑顔に気圧されて「でも……だって……」と、モゴモゴと口の中で言葉を転がすことになった。
(え、なんで? ビアンカからの圧めっちゃ強いんだけど⁉︎ ――まさかこの男、ビアンカにまで魅了の力使ったの……⁉︎ ビアンカってば、さっきからゼクスのことチラチラ見てるし――……? ゼクスの……手元? ……え、手フェチ……⁇)
「――あれー? 君も興味ある感じ? ……ならついでに君の分もコピーしてくれて構わないよ⁇」
「っぜひ、引き受けさせていただきますわ」
ゼクスが喋っている間中、ビアンカはゼクスが手にした本から一切視線を逸らすことなく大きく頷く。
「ビアンカさん⁉︎」
未だにゼクスの願いなんて聞くつもりのないリアーヌは責めるような口調と視線をビアンカに向けた。
その瞬間、ビアンカはリアーヌにズイっと顔を近づけた。
そして思わずのけぞるリアーヌに、優しい口調でゆっくりと言い聞かせるように語りかける。
「リアーヌは私とずっと友達でいたいのよね?」
「え、あの……はい」
リアーヌにその質問の意図は理解できなかったが、逆らえない空気をヒシヒシと感じつつビアンカからの質問に頷く。
「――あの本の写本をくれたら、授業内のことだけは多めに見てあげる」
「授業内……?」
「学園外で今日のようなことを披露するようなら即ただのクラスメイトよ。 面白おかしく噂されるような子の友達なんてやってられないもの。 ……そうね――今すぐその写本を引き受けてくれるなら、これからの授業でフォローしてあげてもいいわ?」
「――ぇっ?」
思いがけないビアンカの言葉にリアーヌは大きく目を見開いて、気の抜けたような声を出す。
今までビアンカが授業内で手を貸してくれたことなど無かった上に、それとなく周りにフォローされている高位貴族を内心では快く思っていないことを知っていたからだ。
「――フォローだけよ? あなたはちゃんとお家でお勉強のやり直しをしておくの。 それは絶対よ?」
「――死ぬ気でやっちゃう!」
フンスッと鼻息も荒くガッツポーズをとったリアーヌに眉をひそめた。
「――さすがにその言葉は乱れすぎだと思うわ」
「……ごめんなさい。 頑張りますので見捨てないでください……」
「――二言は無いわよ……家名に誓ったってかまわないわ」
その言葉にリアーヌどころか、ニコニコと二人のやりとりを眺めていたゼクスまでもが驚いた表情を浮かべた。
貴族階級の者にとって「家名に誓う」という言葉は大きな意味合いを持つ。
ゼクスという第三者が聞いている前での言葉ならば、特に強い拘束力を含む誓いとなる。
貴族階級の者たちにとって、その言葉は最上級の誓いであり、最大級の拘束力を持つ契約なのだ。
「――そんなにあの本欲しいの?」
分かりやすいビアンカの態度に、リアーヌは少し信じられないものを見るように、ゼクスが手に持つ古ぼけた本とビアンカの顔を交互に眺めながらたずねた。
「――さっさとお受けして」
「……はい」
相変わらず圧の強い笑顔で言われ、リアーヌは首をすくめながら小さく頷いた。
「――交渉成立?」
ニマニマと笑いながら、揶揄うようにたずねるゼクスに、リアーヌの眉間にかすかなシワが寄った。
(面白がりやがって……――チクショウ……やっぱり攻略対象者だ、顔がいい……)
リアーヌはムダに整ったゼクスの顔をマジマジと見つめ、その少しウェーブのかかった黒く艶やかな髪や、濃い紫色の瞳、そして弧を描く形の良い唇と口元の艶ぼくろなどを忌々しい半分観察半分に見つめてたが、隣から感じる圧にしぶしぶ口を開いた。
「……はい」
自分の容姿が女性に好まれることを知っていたゼクスはそんなリアーヌの反応にピクリ……と小さな反応を見せたが、さらに深い笑みを作ってごまかしてしてみせる。
「ありがとー! 助かるー。 ここでやる? それとももっと広い場所でする⁇」
「確か本を捲る者がいれば早く終わるのでしたわね――食堂のテラス席に移動しましょうか?」
「いいね、あそこいつも空いてるし」
食堂に通じる通路の真横に位置するテラス席、そこは日当たりも良く、風通しも良い心地のいい空間だったのだが「食事をしている姿を通りすがりにジロジロ見られるのは、ちょっと……」という意見から、あまり人気のない席だということをゼクスも知っていた。
「私たちは、別に食事を摂るわけではありませんから……」
「お嬢様方が気にならないのであれば、異論なんてありませんよ」
ビアンカとゼクスの会話にようやく事態を理解したリアーヌがギョッと目を剥く。
「え、今って……今すぐってこと?」
「――さっきからそう言ってるじゃない」
「……お昼ご飯は?」
今は昼休憩の最中だった。
――なのだが、直前のテストのこともあり、リアーヌたちは食事も取らずにお話し合いを始めていた。
そのためリアーヌは、今やると言っても食事をとってからだろうと勘違いをしていたのだ。
「――終わったら食べましょうね」
「あーまだだったんだ? じゃあ急がなくっちゃだねー」
ビアンカはニコリと綺麗な笑顔で言い、ゼクスはニマニマと笑いながら、テラスに向かいスタスタと歩きはじめる。
リアーヌはそんな二人の背中を見つめ「ごはん……」と呟いた。
未だにベンチに座り込んでいるリアーヌを振り返ったビアンカは咎めるように片方の眉を上げてみせる。
「今行きまぁす……」
リアーヌはボッチになりたくない一心で立ち上がり小走りで二人の背中を追うのだった――




