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「結局そっちが良い思いするだけじゃねぇか……」
ぼやくようにそう言った炭屋の男性は、この話を持ち出したアンナに恨めしそうな視線を送った。
その視線に気がついたリアーヌは心配そうにアンナを見つめ、ゼクスはそんなリアーヌに対して困ったように肩をすくめつつ、炭屋の男性に語りかけた。
「――貴族の相手は貴族がやった方がいいと思うけどー?」
「……木を掘って送るぐらい誰にだってできると思いますがね!」
ゼクスの言葉に、炭屋の男性は大きく鼻を鳴らしながら答える。
「そうかな? 相手はボスハウト子爵家っていう、今一番勢いのある――王家の血すら引いてる由緒正しき貴族だよ⁇ 平民上がりのラッフィナート男爵家を相手にするのとは、わけが違うと思うけどー?」
ゼクスは頬杖をつきながらそう言って、自虐的な笑みを炭屋に向けた。
(――私も家族も平民上がりなわけですが……――でもメンツや建前が重要な貴族社会では、ボスハウト家ってわりと一目置かれるお家柄みたいなんだよね。 “子爵の中では”って注釈は入るんだろうけどー……――どうして公爵家のまま頑張らなかったのかと……あ、でもそうなってた場合、父さんが養子になることなんて無かったから……――じゃやっぱり、子爵家で良かったのか……?)
「――君の考えを聞かせてもらえるかな?」
その言葉づかいに違和感を感じながらもリアーヌはゼクスに視線を向け――しかし2人の視線が絡み合うことはなかった。
ゼクスが質問を投げかけていたのが、リアーヌの後ろに立つ人物だったからだ。
「――ボスハウト家からの正式な依頼となりますので、そちら様の過失により、なんらかの不手際、当家に対する侮辱行為等があった場合、責任を追及させていただくことになるかと……」
軽く頭を下げながら答えたアンナの言葉を聞き、キョトンとした表情で周りを見渡す炭屋。 その言葉の意味をたずねているようだった。
そんな男性の様子にゼクスは苦笑を浮かべると、男性にも分かりやすく、アンナの言葉を言い換える。
「――これはあくまでもボスハウト家とあなたが直接の契約を結んだ場合に限りますが……――例えは、荷運びの最中事故に遭って納期に間に合わなかったり、運んでいる最中に商品に傷がついていたが気がつかず傷物を納品してしまった――なんてことがあった場合、あなたに責任を取ってもらう――って話です。 あと気をつけることは……取引相手が子爵様ではなく使用人であった場合でも、雑な扱いや砕けすぎた口調で話しかける行為は、子爵家に対する侮辱になるので避けたほうがいいですし――……そんなトラブルが起こった場合、俺だって出来うる限り守るつもりではいますけど……子爵と男爵なんでねー……――悪いことは言わないから、俺を間に入れたら? そしたらラッフィナートの人間がトラブルの矢面に立つよ?」
ゼクスの説明を聞いて顔色を悪くしていた炭屋だったが、同じくゼクスの説明を聞いて、少し顔色を戻しながらコクコクとすがるように何度も大きく頷く。
悲しいことにこの村の人々は、貴族の横暴さなど、痛いほどに理解していた。
「――よ、よろしくお願いします……!」
「はーい。 じゃあ……大まかな話し合いはこんな所かなー? ――税金の額についてはまた改めて話し合いましょう。 物納についての細かいことが決まらないと額としても納得も出来ないでしょうし……」
ゼクスはそう言いながら集まった村人たちの顔をグルリと見たわしていく。
その時、会場の端のほうに座っていた痩せ型で少々気弱そうな男性が、おずおずと手を上げた。
「……なにか質問かな?」
「その……もしよければ……――俺んトコにも……」
そう言いながら男性はチラチラと炭屋やティーダーたち、そしてリアーヌに視線を移しながら、言外に不公平だ、と伝えていた。
「――まぁ……言いたいことは分かるけどねー……?」
ゼクスは困ったように首の後ろを撫で付けながらリアーヌに視線を流す。
リアーヌもその男性がなにを言おうとしたのか、大体理解出来ていたので、ゼクスに同意するように肩をすくめ返す。
(確かに不公平ではあるよねー……たくさん稼いで欲しいからって農園と炭屋にだけ儲け話が転がり込んだ。 なのに自分たちの店にはなにも無い……――でもさ? これこの人になにか考えちゃったら、ここに集まってる人たち全員分の儲け話を考えることになる気がしてて……――多分だけど、それ考えるの私ってことにならない……⁇)
「あー……言いたいことは理解できるんだけどね……? その……君のところだけなら問題は無いと思う――けど、そうなるとここに集まる全部の店と話し合う必要が出てくる気がしてるんだ……?」
同じ考えに行き着いたゼクスが、困ったように眉を下げながら、再び村人たちを見回しながら伝えていく。
その目には、どこか期待を含んだ眼差しでことの成り行きを見守っている者たちばかりが映し出されていた。
「……すみませんでした」
ゼクスと同じように村人たちに視線を走らせた男性は、その決して少なくはない人数にため息を吐きながらそう言って、ガックリと大きく肩を落として、残念そうに背中を丸めた。
そんな男性の態度に期待のこもった眼差しをしていた者たちは大きく肩を落とし、炭屋の男性やディーターたちは居心地が悪そうにモゾモゾと動きイスに座り直した。
(だけどこれは――不公平感が強いな……?)
そんな村人たちを見ていたリアーヌは、キュッと眉間に皺を寄せながら考えを巡らせ始める。
王都とはいえ、その端……都会とは口が裂けてもいえないほどの自然溢れる場所で育ったリアーヌは、近所付き合い――それも毎日合わせる顔が一定となる田舎の近所付き合いの難しさをきちんと理解していたのだ。