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「……――ショートケーキを置くカフェには、リアーヌの好きなものをたくさん置こうねー? もちろんいつだって連れてってあげるからねー⁇」
ゼクスはリアーヌの不満を的確に感じ取り、機嫌を取るための最適なカードを切る。
「たくさん……――いつでも?」
「うん。 いっぱいデートしようね?」
「――ご馳走様です!」
「……そこは「嬉しいです」って言って欲しかったかな……?」
「あ、嬉しいですよ⁉︎ ――本当ですよ⁉︎」
(お高いデザート好きなだけ食べられてお土産までもらえるんだから! 本当に大満足ですからね⁉︎)
「……喜んでるってことは信じるよ……――で、なにか案があるかな?」
「えーーあ、炭屋さんの……」
(炭……すみ……? ーー炭って炭以外の何者になれるもの……⁇ だって森で木を切ってそれを炭に加工して……――? 加工……⁇)
「あの……炭にするための木材をそのまま木材として売るのはダメなんですか?」
「――売ってもいいのか⁉︎」
リアーヌの言葉に素早く反応したのは炭屋の男性だった。
前のめりになり、期待する眼差しでリアーヌを見つめている。
「あー……お伺いは立ててみるけど、約束は出来ないかな?」
「……まぁ、だよなぁ?」
気まずげに答えたゼクスに、ガックリと大きく肩を落としながら答える薪屋の男性。
「……木材はダメなんです?」
「あー……ラッフィナートでも木材自体の取り扱いってほとんど無いんだ……」
歯切れの悪いゼクスの言葉にリアーヌは首を傾げながらその理由を想像する。
(……取り扱いが無いからこんなに慎重になってる? ――しかもこんなに言いにくそうに……――あれ? 木材……――あ、フィリップさんところのパラディール家がめちゃくちゃ幅利かせてるトコだわ。 ……ラッフィナート商会ですら手ぇ出せてないなら、男爵家じゃ無理そう……なんなら嫌がらせのためだけに全力で潰しに来る気配まである……)
「――万が一無理だった時はどうしようか?」
リアーヌはその言葉に(十中八九無理だと思います……)と心の中で返しながらも「そうですねぇ……?」と首を傾げて考えを巡らせた。
(薪は木で……木は森にあって……――森の木……?)
そう思った瞬間、リアーヌの脳裏に再び映像が映し出される。
それは炭屋の男性が数人の男性たちと一緒に、周りの土ごと木を掘り返している場面だった。
(……――これあれの木だ。 来た時に見た真っ赤な桜みたいないい匂いの木――……なるほど? つまりはこの人たちに仕事を振るってことか……?)
「うちと契約結びます?」
リアーヌは炭屋の男性にそう声をかけた。
「……先に詳しく聞いてもいいかな?」
今度は薪屋の男性が答える前に、リアーヌのほうに身を乗り出したゼクスが尋ねる。
「母さんにお願いされてたじゃないですか、花とか紅葉が綺麗な木や植物を格安で探してきてーって……」
「ああ。 すでにグランツァ――この村に来る時に言っていた赤い花の木は確保してるけど……え、他の植物もこの人に任せるつもり、なのかな……?」
ゼクスは言外に「その話って俺に来てた話じゃなかったっけ……?」と、不満を滲ませながらたずねた。
確かに炭屋にとってもいい話であることに間違いは無いのだろうが、自分が得られていたであろう利益がよそに流れていくのを見過ごすほど人間が出来ている自覚など、ゼクスは持ち合わせていなかった。
「……だめ、ですかね?」
「だめっていうか……」
首を傾げてたずねられ、ゼクスは口の中でモゴモゴと言葉を転がしている。
「――恐れながら……」
そんな二人に静かに声をかけたのはアンナだった。
「……どうかしましたか?」
「ご依頼相手はあくまでもラッフィナート男爵様が宜しいのではないかと愚考いたします」
「――そう、なんですかね?」
深々と頭を下げながら言ったアンナの頭を見つめ、リアーヌ話再び首を傾げながらゼクスに向かってたずねた。
「――まぁ、俺は領主だから定期的にこの村とのやりとりをするわけだし、ボスハウトがこの村と個別にやり取りをするよりも、いろいろ費用は抑えられると思うよ? これだけの距離になると手紙のやり取りだけでも馬鹿にならない出費になるからねぇ……」
「ーーつまりその分お安く……?」
(送料無料はどの世界に行っても魅力的な言葉なんだな……)
「――頑張るよ」
リアーヌから信頼たっぷりのキラキラと輝く眼差しを向けられて、ゼクスは困ったように肩をすくめながら答えるが、心の中には不安が押し寄せていた。
(……あれ? これ儲け出るよな……⁇ ――今のボスハウト家、尋常じゃないほど金が集まって来てるって話は本当だろうし、こっちの儲けガン無視で値切られたりしないよな……?)
ゼクスの返答に満足そうに頷いたリアーヌは炭屋の男性に向かい「そういうことになりましたので、ゼクス様からお仕事もらってください」と声をかけた。
しかし炭屋の男性は慌てて、訴えるように喋り出す。
「待ってくれ! それじゃ結局そいつに中抜きされてこっちの取り分が減るじゃねぇかよ⁉︎」
この男性もまた、自分が得られていたであろう利益がよそに流れていくのを見過ごせない側の人種であるようだった。
「……取り――ますかね?」
「――まぁ……取る、かな?」
リアーヌに確認されたゼクスは言いにくそうに苦笑いで答える。
しかし悪びれている様子は無く、商人として当たり前のことをしている、という思想まで透けて見えるようだった。