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この村の収入源の大部分がフルーツ農園と炭屋であり、この二つの経営陣たちがこの村の顔役たちであることをゼクスはすでにあけ知っていた。
そのため、ここ二つが今までの話し合いを否定し、物納――納税自体に反対すれば、今までの話し合いが白紙に帰るということをゼクスは充分に理解していた。
「……物納の話だけではなく、こちらの要望全てをお伝えいたします」
ディーターは炭屋の代表者と目配せをしたあと、ゼクスに向かって軽く頭を下げながら言った。
「……答えられるとは限りませんけど、お聞きするだけならば?」
ディーターの言葉に少し眉をひそめたゼクスだったが(本当にそっちの要望全てを聞けるなら儲けものか……)と思い直し、唇に弧を描いて話の続きを促した。
「――第一に、農園のフルーツの全て、かかった手間や金に見合うだけの値段で買い取っていただきたい。 もちろん物納の額に関しても同様です。 第二に、一部のフルーツをこちらの自由にすることをお認めいただきたい。 それと……加工品にも手を出すことをお許しいただきたい。 私からの要望はこの三点です」
「こっちの要望は一つだ。 俺が納得できる値段で買い上げてくれ」
ディーターの細かな要望の後に続いたのは炭屋の代表者で、こちらの要望は至極分かりやすいものだったが、その言葉にはなんの具体性もなく、ゼクスはにこやかな笑顔の裏で警戒の色を濃くしたのだった。
「……じゃあ先に農園だけどーー俺は構わないと思うけど……リアーヌはどう思う?」
ゼクスはギラリと瞳を輝かせながらリアーヌにたずねる。
(この村で収益を上げようとするなら、この農園は絶対だ。 ――君だって借金はイヤだろ? いいアイデア期待してるよ⁉︎)
「え、私……? えっと……――今の要望って通って然るべき要望だと思うんですけど……?」
急に話を振られたリアーヌは驚き、目を白黒させながらも、感じたことを口にする。
「――まぁ……その当然のことが許されなかった人たちだからねぇ……?」
ゼクスは気まずそうに鼻を擦りながら言葉を濁した。
「――……私、任命責任って少なからずあると思うんですよ、だからやっぱり王さ……」
「ネジの話はもう終わりにするって話になったよね⁉︎」
リアーヌの危険な発言に、ゼクスは慌てて声を張り上げる。
とっさにリアーヌの口を塞ぎそうになった無礼な自分の手を、どうにか気合いで押し押し留め、無理やり愛想笑いを貼り付けてリアーヌを凝視する。
「……はぁい」
渋々……という態度を前面に押し出しながら唇を尖らせるリアーヌの返事に、少しの不安を覚えつつもゼクスは話を進めるためにディーターに向かって口を開いた。
「……こちらとしても、その三つの要望は受け入れるべきだと考えています。 ――ただし、こちらが必要としている分に関してはこちらも全力で確保に動くし、当然値段の交渉も発生すると思って欲しい。 そして値段についてだが、売れないならば手間がかかっていようが買いたたかせてもらう。 物納を希望するならば、なおさらその審査の目は厳しくなると思ってほしい」
「……受け入れてくださるのですか? 本当に⁇」
こんなにもあっさりと受け入れられるとは予想していなかったのか、ディーターは探るような眼差しをゼクスに向け、何度も確認の言葉を重ねた。
そんなディーターの様子にゼクスは苦笑を浮かべると、分かりやすいように少し言葉を崩して答えた。
「ああ。 値段は要交渉だが、そっちにもちゃんと利益が出る額にはするつもりでいる。 もちろん出来た分全て売れとか言わないし、傷モノや規格外を加工品に回すことも規制したりしない。 もちろんそういうのを俺に格安で売ってくれてもいいが――……これまでの損害を値段に反映させることは、許さない」
ゼクスはあえて強い言葉を選んでディーターや村人たちを牽制した。
まだ子供とも言える自分が甘い顔ばかり見せていてはつけ上がる者が必ず出てくる……そう考えたようだった。
「……結局は泣き寝入りかよ」
村人たちの中の誰かが呟いた声が、やけにはっきりとこの部屋に響き渡る。
「――そっちにも言い分はあると思う。 でもこっちにだってそれを補填する義務なんてないんだ」
そんなやりとりを見つめながらリアーヌはそっとため息を漏らした。
(……気の毒な話だとは思うけど、ゼクスの言い分はその通りなんだよねぇ……前がやらかしたんだから、その責任は前が自らきっちり取るか……――やっぱり王様だと思うんだけどなぁ……自然災害だって割り切って見舞金とか、支給したらいいのに……)
どことなく重苦しくなってしまった部屋の空気を変えようと、ゼクスはわざとらしいほど明るい表情を浮かべて口を開いた。
「――俺としては農園に期待してるんですよ? あなたのところが潤うってことは、この村の労働者の半数以上が潤うってことに繋がりますし、それだけの人数が潤うなら、それはきっと村中に還元されていく。 だから是非ともこれまでの損失を取り戻すぐらい儲けてほしいものですねー!」
「……そうなれるよう努力いたします」
声をかけられたディーターが戸惑いの色を浮かべつつも事務的に淡々と答えたことで、部屋の中をシラ……っとした空気が支配した。
「……――リアーヌもそう思うでしょ?」
「……はいっ! そうなったら素敵だと思います」
居た堪れなくなったゼクスはリアーヌに同意を求め、リアーヌはお茶会で場を盛り上げるかの如く、楽しそうな笑顔を貼り付けながら同意したのだった。




