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「……例えばですか? えっと、この日までにここまで進んだらお酒が飲めます! とか、予定よりも早く終わったら金一封! とか……?」
(父さんの時は予定よりもだいぶ進んだからって金一封貰えて、いつもよりもちょっといいお酒と私たちへのお土産がタダになったって、だいぶご機嫌だったんだよねー)
「なるほど……? ――金一封はムリだけど、お酒とかは有りだね⁇」
人を動かすことに慣れているゼクスは、リアーヌが言った方法が、労働者にやる気を出させるための有効な手段であると、すぐに理解した。
(その程度の成功報酬なら安いもんだし――……村人たちへのアピールにもなる。 前領主とは違って今の領主は――となってくれればずいぶんやりやすくなる、か……?)
「じゃあ、お金の代わりにケーキとか!」
「ハハッ ケーキもらえて嬉しいのはリアーヌだろ? ――肉で手を打ってくれない⁇」
「……疲れたら甘いものが欲しくなるんですよ?」
「なら――フルーツかな?」
(――規格外や傷物が物納された場合の使い道も決まったな……?)
「フルーツ! 良いですね‼︎」
リアーヌはこの会話の最中に解けて消えていくように、綺麗さっぱり無くなった不快感を喜ぶように、手を叩いて嬉しげな声を出す。
「――じゃあ、労働納税に関してはそんな感じで……答えは出発前までに聞かせてください」
ゼクスの言葉にディーターと青年はそれぞれ「ボーナス……」「酒と肉……⁉︎」と呟きながら、ゼクスに向かってコクコクと頷き返した。
「それで……次は物納ですかねぇー……」
言いながらゼクスは気合を入れるように深呼吸を一つしてから椅子に座り直した。
「――フルーツや炭は良いとして……うちはなにを収めりゃいいんだ?」
村人の一人が、周りの村人に向かってたずねている。
村人たちが首を傾げ合っているのを見ながらゼクスは軽い咳払いをする。
村人たちの注目が自分に集まったのを確認してから口を開いた。
「店によって、物納の品物は変わる。 こちらとしては個別に相談にしたいが――」
とまで言ったところで、村人たちが一斉に顔を曇らせディーターを見つめたことに気がつき、ゼクスは安心させるように言葉を付け加えた。
「もちろんディーターの同席は認めるし、それなら金で納税する、という主張も認めるよ?」
「野菜やパンでも可能で……ござりましょうか?」
「俺の畑でもフルーツが取れるぞ! ……人に売ったことはないが……」
「野菜はともかくパンは……――あと物納は当面の間、売り物に限らせていただく。」
村人たちからの質問に、顔をしかめながら答えていくゼクス。
物納されたパンを金に換える方法が、どうやっても想像できなかった。
「――ダメなんですか?」
リアーヌはキョトンとしながらゼクスに問いかける。
なぜゼクスが難色を示しているのか、本気で分かっていない様子だった。
「……だってパンもらったって売れないだろ? 一人しかいない代官に商人の真似事をさせるわけにはいかないし……そもそも代官からパンを買おうって人がいなかったら大損じゃないか」
そんなゼクスの言葉に、やはりリアーヌは首を傾げながら質問を重ねる。
「……でも労働納税者にはご飯を出すじゃないですか……?」
「――出すね?」
「……経費削減になると思いますけど⁇」
「――なるね⁇ ……まぁ、要相談で場合によってはパンでも可――ぐらいに考えておいて下さい」
ゼクスは素早く頭の中で計算を始め、季節や時期によっては労働納税自体がなくなる可能性を考え、保険をかけるようにパン屋の男性に向かって声をかけた。
「――鍛冶屋や雑貨屋はなにを……?」
村人たちの中の一人がおずおずと手を挙げて質問する。
その質問に少し考えたゼクスは、少し迷った後リアーヌに向かって「どう思う?」とさりげなさを装ってたずねた。
「……基本、その辺りは代官さんが欲しがるもので良いのでは?」
「……代官が欲しがるもの?」
「労働納税に必要ならスコップにツルハシ、紙やペンにインクなんかの日用品は事務仕事のメインの代官さんならいくらあっても困りませんよね?」
「――経費削減か」
「……削減になりませんかね?」
「いや、買わずに済むならそれに越したことは無いよ」
(――なんたってこの土地だからな……ここまで運ぶ手間や料金を考えたら、物納のほうが得するまである……)
頭の中でそろばんを弾きながら、ゼクスは上機嫌で答えた。
「――なにをどの程度物納するかは、代官主導でもう一度相談させてもらうってことで良いかな?」
「……うちの品物でもよろしいんですかね……?」
一人の女性がおどおどと手を挙げながら質問を口にした。
その言葉と様子から、ゼクスは彼女が村人に売るような質のものを代官に渡していいのか……? と迷っているのだと理解できた。
(――分かる。 俺も貴族の「そちら側で適当に見繕ってくれ」とかいう注文が一番恐ろしい……あいつら予算すら言わねぇくせに、安すぎても不機嫌になるんだぜ……)
「物納してもらう品物を実際に見てからの答えになると思って下さい。 こちらもある程度の体裁を整える必要があります。 日用品といってもある程度の質は求めますので……――本当にある程度なんですけどねー」
ゼクスはそう言いながら肩をすくめ、眉を下げながら微笑んで見せる。
雑貨屋の女性はそんなゼクスに合わせるように愛想笑いを浮かべていたが、物納できない可能性も考え、その顔を引きつらせていた。
ゼクスはほんの少しだけそんな彼女が気の毒になったが、だからといって男爵が配置した代官が量産品の安物ばかり使っているのは看過できなかった。
「――じゃ、最後に果物と炭の話を詰めましょうか。 ……どれをどの程度、のような具体的な希望はありますか?」
最後、と言いながらゼクスは気合を入れるように背筋を伸ばし、ディーターたちに向かって声をかけた。




