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「ええと……すまなかったね? 話を元に戻そうか」
「は、はぁ……」
「それで――今こちらが提示した条件であると仮定した場合、労働での納税は検討してもらえるのかな? もちろん、こちらとしては現金での納税でも歓迎してますけどー」
ゼクスは愛想良く青年に笑いかけながらたずねるが、終わりに「これで納得しないのであれば金で納税しろ」という最後通告を付け加えていた。
「……本当に金がかからないのであれば平気だ――です」
青年は普通に答えようとして、周りに小突かれると、慌てたように語尾を訂正する。
そんな青年たちに苦笑いを浮かべながら、ゼクスはさらに言葉を重ねて確認を取っていく。
この青年が労働者の代表であるならば、より深い理解があった方が、後のトラブルは少ないだろうと思ったためだ。
「……例えば働いているところに行商人を派遣するつもりではいる――というかラッフィナート商会が確実に出す。 酒だのつまみだの、服や石鹸なんかの日用品を持ってね?」
「――その商品を買えって話ですか……?」
青年は顔をこわばらせながらゼクスを見つめ返す。
周りの村人たちも顔色を変えてジッとゼクスを見つめその答えを待っていた。
「いや義務ではないよ? 店もないような場所で作業をするんだから、行商人が来るのは当たり前じゃない? って話。 ――別になにも要らないなら買う必要はない……商人はうまいこと言って買わせようとやっきになるだろうけどね?」
そう言いながら(うち行商人たちはみんなやり手だからなぁ……)と、苦笑いを浮かべるゼクスに、おずおずと手を上げたディーターが声をかける。
「――行商人が来ること自体を禁止していただくことは……?」
「あー……とーーえ、行商人要らない、かな? セハの港からここまで店なんか一軒もないよ? そりゃ食事なんかはこっちで用意するけど……――逆を言えばその程度しか用意しないからね⁇ 用意してきた服がダメになっても、洋服の支給は最後だし、たまにはお酒が飲みたくなったって、水でも飲みながら我慢する――ってことになるけど……本当に全員それでいいの?」
ゼクスは村人たちの顔を見つめながら言葉を紡ぎ、最後には青年に向かって静かにたずねた。
この中で我慢するハメになるのはおそらくこの青年だけであり、この青年が求めるようならば、他の労働者たちも行商人を必要とするだろうと考えたからだ。
「それは……」
迷うようなそぶりを見せながらチラチラとディーターや周りの村人たちの反応をうかがう青年。
(……それはイヤだけど、騙されたくもない――どうしたらいいのか分からない……ってところかな? まぁ、その辺りは後で話し合って貰えばいいとして――まずは労働納税するかしないかを決めてしまおう……)
「――これは君一人が答えて決められることではないから、労働者――あー……自警団の仲間たちと話し合って答えを出して欲しい」
「は、はぁ……」
「それで――衣食住の最低限と移動や道具にかかる費用はこちら持ち、って前提があれば労働での納税は検討してもらえるのかな? もちろん、こちらとしては現金での納税でも歓迎してますよー?」
ゼクスは愛想良く青年に笑いながらたずねるが、言葉の最後に「これで納得しないのであれば金で納税しろ」という最後通告を付け加えていた。
「……本当に金がかからないのであれば平気だ――です」
青年は普通に答えようとして、また周りに小突かれ、顔をしかめながら語尾を訂正した。
そんな青年たちのやりとりに苦笑いを浮かべながら、ゼクスはさらに言葉を重ねて確認を取っていく。
この青年が労働者の代表であるならば、より深い理解があった方が、後のトラブルは少ないだろうと思ったためだ。
「――分かった。 じゃあ労働での納税も認める。 詳しい免除額はこれから決めるとして……行商人に関してだけど、俺としてはみんなで話し合って答えを出してくれれば良いと思ってる。 ただ、どうなるか分からないから、行商人が来る場合の……俺の考え? この村でのルール? を話をしておくよ? ――当然、行商人から品物を買うなら金が必要になる。 この金は自分たちで用意して欲しい。 ――重ねていうけど買う義務は全くない。 でもさっき言った通り、金が無いなら酒も嗜好品も服も石鹸も買えないと思ってくれ。 金を持ってこなくてもいいし、もちろん君たちが行商人を拒否したって俺は構わないと思ってるけど――余計な我慢が必要になる、可能性があるかもね? 何度でもいうけど、行商人を入れる入れないはどっちでもいいし、行商人から品物を買うのは義務じゃ無い」
「――……分かりました。 その、答えを出すまでに時間を貰っても……?」
ディーターが青年に気づかうような視線を向けながら答える。 その視線の先では青年が宙を睨みつけながら、指を折りながらぶつぶつとなにごとかを呟いている。
どうやらゼクスの言葉を必死に覚えている最中らしい。
「あー……出来れば俺たちが王都帰る前には答えが欲しいかな……?」
ここでの滞在は四日程度を予定していて、今日は二日目だ。
充分――とは言えない期間かもしれない、とゼクスは頭の片隅で感じていたが、戻るまでに答えをもらわないと色々な手配が後回しになってしまうので、急がせてはしまうが、それ以上待つつもりは無いようだった。
「――充分です」
そう言ってペコリと頭を下げるディーター。
そして必死に言葉を反芻している青年を気の毒に思いながら少しだけ笑ってしまったリアーヌは、ふと父が労働納税から上機嫌で帰ってきた時のことを思い出した。
そしてその途端、ザワザワと感じていた悪寒のようなイヤな感覚がフッと軽くなるのを感じ、大きく目を見開く。
(ーーつまりは今の思いつきが、いい結果に繋がる……ってこと?)
「――あのー……」
迷いながらもリアーヌは声を上げた。
得体の知れないイヤな感覚にこれ以上苛まれ続けたくない――その思いが、リアーヌを行動に移させていた。
「……どうかした?」
「ボーナス的なのは出ないんですか?」
「……え?」
「ボーナスです!」
「――俺たち今、労働納税の話してたよ
……?」
戸惑ったようなゼクスの様子に、リアーヌは、父サージュがあんなにも上機嫌だったのは、思ってもいない幸運が舞い込んだからだったんだな……と、今更ながらに納得する。
「それでもですよ。 皆がすっごい頑張ってくれたら、ご褒美が出てもいいじゃないですか。 そのほうが絶対捗りますよ!」
「――それは捗りそうだけど……納税だよ?」
「……ダメですか?」
呆れたようなゼクスの様子に、リアーヌはしょんぼり……と眉も肩も下げて悲しそうな表情を浮かべる。
――ここでゼクスに断られれば、またあの不愉快な悪寒に苛まれると思い、リアーヌ自身が思っていた以上にガッカリした態度を取ってしまった。
「――……例えばどのぐらいかな?」
困ったような微笑みを浮かべながらゼクスはたずねる。
意見を聞くという建前でリアーヌの同席を求めた以上、ここであっさりと意見を突っぱねることに、気が引けたようだった。