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自分の預かり知らないところで発生していた誤解に、ゼクスは悲鳴をあげるかのように、村人たちやリアーヌに視線向けながら説明していく。
その必死な様子に、村人たちはお互いに声をひそめ意見を交わし合う。
どれだけ真実のように見えても、蓋を開けてみたら実際は違っていた――などということはこれまでに何度もあり、その度に泣き寝入りするしか無かったからだ。
その経験からゼクスの言葉だけでは信頼することが難しかった。
「――……そう、なんですか?」
疑わしげな村人たちの想いを代弁するかのように、リアーヌがやはり疑わしげな視線をゼクスに向けながらたずねる。
「当たり前だろ⁉︎」
感情に任せてそう答えたゼクスだったが、ふとなにかに気が付き、気まずげに勢いを失くすと視線をうろつかせ始める。
そんなゼクスの態度に、ますます疑いを濃くする村人たち。
ゼクスはそんな村人たちの様子に、諦めたかのようにため息をつくと、小さく肩をすくめて口を開いた。
「……そりゃ、そこで出す食事は豪華なものとは言えないだろうし、テントだって場合によっては誰かと共同で使用してもらうこともあると思う。 あとは馬車でのスペースが狭いとか……まぁ、納税だからね。 そこまで快適にはしてあげられないとは思ってる。 けど、不当に金を巻き上げようとは思ってないよ、君たちに支払ってもらうのは“労力”なんだから」
「そう……なんスか……」
ゼクスの言葉に脱力し椅子にもたれかかりながら、少し呆然としながらボソボソと答える青年。
「――あの、本当に……?」
リアーヌは村人たちを見回しながら今の話が本当かどうかをたずねる。
青年がウソをついているとは思わなかったが、やはりどうしても信じられなかった。
「――事実です。 ……代官の話では、労働は義務であり、義務であるならばそれに付随する費用も義務のうちなのだと……」
代表して答えたのはディーターで、憎々しげに顔を歪め、怒りをこらえるように答える。
「なにそれ……――え、これってどうにかならないんですか⁉︎」
リアーヌはゼクスの腕を揺すりながら、訴えるようにたずねる。
「え、どうにかって……」
「この人たちのお金ですよ! 不当に取られたんですから、返してもらいましょうよっ!」
「いや、それは……」
「だってそんな義務聞いたことありませんよ⁉︎ 詐欺にあったようなもんじゃないですかっ!」
「いやぁ……俺も聞いたことはないんだけど……――領主には自分の領土の規律をある程度采配できる権利がある…… もちろん法律に違反するような規律は定められないけ けど……」
「……この場合、違反してません?」
リアーヌの言葉にゼクスは困ったように眉を下げながら「どうだろう……?」と言葉を濁した。
「だって明らかに領民を虐げてますっ!」
リアーヌはこの国では誰でも――それこそ子供でも知っている、有名な法律を掲げて見せた。
――しかしその『領主は領民を守り、決して虐げてはならない』という法律は決して少なくはない頻度で破られ、しかも領主が捕まることような事態になるなど、ほとんどないのだということは、それを口にしたリアーヌですらよく知っている事実であった。
「……それを判断するのは俺たちじゃないし――そもそも訴えるべき前領主は国外追放処分を受けてるからね……今どこにいるのかすら分からない、かな?」
ゼクスの言葉にリアーヌはギュッと眉間にシワを寄せる。
「――それって悪い意味での国外追放ですか……?」
その質問にゼクスは肩をすくめるだけで答えた。
貴族と呼ばれるようになり、ゼクスの今の仕草のその意味が分かるようになっていたリアーヌはさらに深いシワを刻む。
この場合の国外追放という罰は、貴族の間で“お引っ越し”と揶揄されるものだった。
――つまりは“この国でこの先暮らしていけない”ということが罰であり、その財産や身体にはなんの傷もなく国外へ移住することをさす。
もちろん貴族では無くなるし、領土があれば没収。
二度とこの国へ立ち入ることも――表向きは――許されないので、全くのノーダメージでは無いのだろうが、今まで溜め込んだほとんどの財産を持って海外に移住することが罰だと言われれば、眉間にシワの一つも寄るというものだった。
「なにそれ……――そもそも、そんな甘い処分で終わりにするとか、王様もあったま悪――」
「わあー⁉︎ ダメダメ! リアーヌ本当ダメだよそれ⁉︎ いくら君だって絶対許されないからね⁉︎」
怒りのままに、絶対王政をしくこの国において非常に危険な言葉を発したリアーヌに慌てたゼクスは、大声を出しながらアワアワと両腕を動かしてその声をかき消す。
「――……どこかのネジの具合がお悪いようでしてよっ」
リアーヌはブゥっと唇を尖らせながら、貴族的言い回しで「アイツ頭おかしい!」と言い放つ。
「ギリギリ……いや、アウト……いやこの話はもうやめよう、今はこの村のことだから……」
テーブルに肘をつき、頭を抱えたゼクスは自分に言い聞かせるかのようにブツブツと呟く。
リアーヌは未だに腹の虫が治らないのか、顔をしかめながら頬を膨らませている。
「――お嬢様?」
「はい、すみません!」
背後から聞こえた、たしなめるようなアンナの声にリアーヌは条件反射のように背筋を伸ばし口を閉じる。
ゼクスはそんなやりとりに力無く笑うと、自身も背筋を伸ばして椅子に座り直し、話し合いを続けるために青年に視線を戻した。




