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その中には、この部屋の中で一番の興奮状態にあった青年の姿もあり――
青年はギロリと鋭い視線をリアーヌに向けながら牙を剥くように口を開く。
「――金持ちの嬢ちゃんは知らねぇと思うがなぁ⁉︎」
その怒鳴り声の勢いに怯えたリアーヌの肩がビクリと大きく揺れる。
オリバーが青年を睨みつけ、その体をリアーヌとの間に滑り込ませようとした瞬間、青年の怒鳴り声にも匹敵するほどよく通る声でゼクスが言った。
「――すまないが!」
オリバーはその声に動きを止めると、チラリとゼクスを見つめかすかな微笑みを顔に貼り付け、少し踏み出した足を元に戻した。
「……女性にかけるものとして、適切な言葉を選んでもらえるかな?」
ゼクスはその言葉に多少の怒りと威圧を含ませながら、青年を押さえつけるかのように言った。
「――……すみません、でした」
ゼクスの様子や、その前に控えている護衛たちの様子で、ようやく自分がやらかしてしまったことを理解した青年は、おどおどと視線を揺らしながら短く言い、リアーヌに向かってペコリと頭を下げた。
そんな青年の周りの村人たちも青年を庇うように立ち上がり、ゼクスやリアーヌたちに向かいペコペコと頭を下げ、青年の腕や背中を叱咤するように叩いている。
そしてシュン……と肩を落とし大人しくなった青年を促して席につかせた。
村人たちが全員席に着いたのを確認したゼクスは一つため息をつきながら吐き出すように言う。
「――頼むよ本当……」
そう言ったゼクスがチラリと視線を向けた先はリアーヌ――ではなく、その後ろに控えるアンナだった。
そんなゼクスの視線に釣られるようにリアーヌや村人たちもアンナへと視線を流し――
(――こっわ……)
ドス黒いオーラの幻が見えるほどに怒り狂い、リアーヌを怒鳴りつけた青年を未だに睨みつけているその姿に、当の青年だけではなく、リアーヌまでもが恐怖に体を震わせた。
「す、すみませんでしたっ!」
青年もゼクスの視線を辿って気がついたようで、再びガタリと立ち上がると顔色を悪くしながら、ビクビクとアンナに向かって謝罪の言葉を口にする。
そんな青年にピクリと眉を跳ね上げたアンナは、ゆっくりと笑顔を作りながら青年に話しかける――身に纏うオーラをより一層濃くして。
「……謝罪すべきお相手をお間違えのようですが……?」
「す、すみませんでした、すみませんでしたっ!」
「大丈夫ですよ! 私さっき謝ってもらってますからねっ! 全然許してますからねっ‼︎」
アンナの言葉にすぐさまリアーヌに謝罪の言葉を向ける青年に、リアーヌは何度も頷きながら気づかうように声をかける。
――アンナから感じるプレッシャーがヴァルムに叱られている時のものと酷似していて、目の前で怯える青年に自分やザームの姿を重ねてしまったからなのかもしれない。
「えーと……そう! その話を続けましょう! ――なんで労働での納税はイヤなんですか? ……私はなにを理解していないんでしょう⁇」
(労働での納税は父さんだってやってた。 私たちが小さかったから最低限ではあったけど、そこまで嫌がってるようには見えなかった気が……? なんなら近所のおっちゃんたちとお金出し合って毎晩晩酌して楽しんでたっぽいし、行商人から買った、ちょっとしたものをお土産にくれたことだってあった。 ……――私、子供の頃はちゃんと自分の家が貧乏だって知ってたから、そこまでトンチンカンなこと言ってるつもり無いんだけどなー)
その質問に、青年は気まずそうに頭をかいて言葉を濁そうとするが、周りやリアーヌの真っ直ぐな視線に促され、ポソリポソリと事情の説明を始めた。
「――貴族に言われて働きに出るってことは、余計に金がかかるってことなんだ……です」
説明を始めた青年の視線がリアーヌの少し後ろに送られた瞬間、すぐさま青年は姿勢を正して言葉づかいを改めた。
(……なんならこの人に大声出された時よりも、後ろのアンナさんの様子を確認するほうが恐ろしいまであるな……?)
リアーヌは乾いた笑いを浮かべながら、青年の説明の続きに耳を傾ける。
「食事にテント代や道具を借りるならその金……それから馬車を使うならその運賃も……」
「……え?」
リアーヌは驚愕に目を見開いて青年や村人たちを確認するが、そのほとんどが顔を顰めグッと押し黙っている様子を見て、その青年の言葉が真実なのであるということを理解する。
「――え、最低?」
そして隣に座るゼクスに視線を移すとポソリと呟く。
父からの話でしか労働納税のことを知らないリアーヌですら、今の青年の言っていたことが異常であるということぐらいは分かった。
通常、労働で納税する者たちは、その期間の衣食住すべての面倒を領主に見てもらうのが普通だ。 ――万が一無一文で働きにきたとしても、労働納税自体に支障は出ない……ただし、労働者のほとんどはそこそこのこずかい持参でやってきて、仕事終わりの一杯、たまの嗜好品を楽しむことが多かったが――
だからこそ、生活に必要な基本的な食事やテントなどは領主が用意すべきものであり、ましてや労働納税に使う道具を貸し出したり、そこに行くまでの運賃を請求することなど、ウワサですら聞いたこともないあり得ない話だった。
「待って⁉︎ え、取らないよそんなの⁉︎ ――そんな顔で見ないでよ、取るつもりなんかなかったってば!」
リアーヌや村人たちに不信感たっぷりの眼差しを向けられて、ゼクスは弁解するように慌てて言い募る。
「納税だっていうなら食事はこっちで用意するし、野宿になるようならテントだって道具だってこっちで用意するよ! 馬車だってそうだからね⁉︎ こっちで用意して送り出すに決まってる! 帰りには洋服だって持って帰ってもらうし、もちろんお金なんか取らないっ!」




