14
「事情があるとはいえ、あなたはれっきとした教養科の、しかもAクラスの生徒なのよ? それがまともにお茶も飲めず、菓子の一つもろくに食べられないってどういうことですの?」
ビアンカの言葉には呆れと怒りが入り混じっており、リアーヌは小さくなっていた身体をさらに縮こめる。
「だって……お茶のカップって触ったら絶対カチャカチャいうじゃん……音立てたらダメなのに――だからなるべく触らないようにしてて……お菓子は一口で食べれば絶対にこぼさないから……」
リアーヌの答えにビアンカは再び大きなため息をつき、睨みつけるようにリアーヌを見た。
「……念のために聞くけど、それってボスハウト家の教え?」
「……だって、出来ないと罰があるから……――家庭教師の目を盗んで口に放り込んでた……」
(お茶会のお菓子ってどれも小ちゃめだったし……――そもそも私ってば、ご褒美もらえなかったのに、罰だけはしっかり受けさせられてたとか――え、なにそれ私めっちゃ不幸じゃん……!)
「なんのためのレッスンよ……」
「……今は、よくないことをしたんだなってちゃんと理解してるんで、その蔑むような視線はやめていただけると……私、そういうのご褒美だと思えない側の……」
「――ハッキリ言うけど」
ビアンカはモゴモゴと喋べるリアーヌの言葉を遮るように、座った瞳でキッパリと言い放った。
「……どうぞ」
「次もこんな失態を犯すようでしたら、友人からただの知り合いに格下げしますわよ」
「なっ⁉︎ や、やだあぁぁぁぁっ 見捨てないでぇぇぇっ!」
隣に座るビアンカの腕に縋りつきながらリアーヌは訴えたが、ビアンカは鬱陶しそうにリアーヌの腕を振り払う。
「イヤよ。 菓子を口に押し込むような人と友人だなんて、私の名誉に関わりますもの」
「――勉強する! もうごまかそうとかしないからっ‼︎」
ツンッとそっぽを向いたビアンカに、リアーヌは再度縋りつきながら言った。
そんなリアーヌの態度に心底呆れたように言い放つ。
「……通常、そう思うのは受験前でしてよ」
「ですよね……?」
ため息混じりに紡がれたビアンカからの正論に、リアーヌは大きく肩を落として撃沈した。
(――なんとかしなくちゃ! この上さらにボッチな学園生活とかムリすぎる‼︎)
リアーヌは膝の上に置いていた手をぎゅっと握り締めそう決意すると、グッと背筋を伸ばして気合いを入れ直した。
――そんな時だった。
「あっいたぁー。 ねぇねぇ君って【コピー】ってギフト持ってる子でしょ?」
いきなり現れた男子生徒に声をかけられた。
「……へっ?」
リアーヌは状況がよく掴めず、キョトンと目を丸くして声をかけてきた男子生徒に視線を向ける。
するとそこには――
「これの写本って頼めない? ちゃんとお礼はするからさ!」
と、素晴らしく整った顔にニコリと笑顔を貼り付けたゼクス・ラッフィナートがいた。
とても整った顔立ちをしていて――攻略対象者だ。
少しだけ長い襟足の黒髪に紫の瞳で口元の艶ぼくろが印象的だ。
「今日中に返すって約束してたんだけど、全然読み終わらなくてさぁ……――頼めないかな⁉︎ 頼むよ!」
そう喋り続けるゼクスの顔を、呆然と見つめ続けてていたリアーヌだったが、その瞳がキラリと光が反射したかのように光るのを見て、慌てて顔を背けた。
(あっぶな⁉︎ ゼクスって【魅了】のギフト持ちで、めぼしいギフト持ってる女子生徒を次々と惚れさせて、頼みを次々に聞いてもらうっていう……イケメンであっても結構なクズ男なんだよね……――まぁ、超の付くイケメンが「ちょっと頼めないかなぁ?」とか「その話詳しく聞かせてよー」とか言って来たら、ギフトが無くてもお願い聞いちゃう女の子は多いと思うけどさぁー……――だからこそ、女の子のほうはギフトをかけられたと認識しづらく、万が一バレてもその時は使っていないと、言い逃れられるよう計算されてるんだけどねー……)
「頼むよー。 この前もここで写本してただろ? あんな感じでさ!」
その言葉に、リアーヌの体がピクリと反応する。
(この間の? そっかぁ……へー、お前、見てたんだぁ……?)
リアーヌはヘラリ……と、その口元に微笑みを貼り付けると、再度ゼクスを真正面から見つめ返した。
目があったゼクスはもう一度、胸の前で手を合わせながら「この通り! ね⁉︎」と愛想よく笑っている。
(そうだよねー? この顔のよさは攻略対象に決まってるよねー⁇ つまり――私がいやがらせを受け続けていることには、なんの興味も示さないくせに、主人公にだけはお優しい攻略対象様ですねっ⁉︎)
リアーヌはゼクスの無駄に整った笑顔を眺めながら、心の内で怒りの炎を燃え滾らせていた。
(はじめましての会話がこれ……? 現在ちょっと助けて欲しいのは圧倒的に私のほうでは⁉︎ 隣のクラスでいやがらせ受けてるヤツ華麗にスルーしておいて、自分の願いを叶えるためにはソイツを利用しようって⁉︎ ……そんなどクズを助ける義理、私にあります⁉︎
……――そんなもん、これっぽっちも無いに決まってるだろっ! イケメンだからって自分が優しさを見せない相手に、優しくしてもらおうだなんて、思い上がらないことだっ‼︎ ――寝言は寝て言え!)




