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「男爵――貴族階級の末端とはいえ、れっきとした貴族が手を引く――それがどんな事態を招くのか……想像できないのかな?」
ゼクスはディーターに――その視線はディーターに固定されていたが、ここに集まった全ての村人に向けて、冷たく突き放したような声で問いかけた。
「どんな事態を……?」
ディーターがその瞳を揺らしながら呟き返すと、その周りに座っていた村人たちがそんなディーターを鼓舞するかのようにゼクスに向かい「どんな事態が起こるって言うんだ!」「どうぜハッタリだろっ」「適当なこと言いやがって!」と啖呵を切るように、まくし立て始める。
その勢いにリアーヌは恐怖を感じ、椅子ごと少し後ろに下がる。
そんなリアーヌを守り庇うように、ゼクスがその体の前に自分の腕を割り込ませ、それと同時に側に控えていたラッフィナート、ボスハウト両家の護衛たちが、腰に差した剣に手をかけながら、大きな一歩を踏み出した。
護衛たちに気圧されるように、村人たちはすぐに静かになったのだが、その瞳は雄弁にゼクスを非難し続けていた。
(――こんなとこに住んでるからこそ、貴族の守りは必要なのに……)
リアーヌのこの認識は、この国では常識と言ってもいいほどに浸透した考え方であった。
(王様のお膝元な王都でだって、縁がある店や家の後ろ盾になる貴族は多い。 うちで言うならお抱えのお店とかがそれ。 後ろ盾って言っても、他の店やお客との間にトラブルが起こった時、そのお店を守る用心棒的な意味合いが強いのかな? ――喧嘩ふっかけてくるようなヤツは大概が貴族とグルなこととか、関係者全員墓の下に入れば俺らの犯罪バレないよなっ☆ ってサイコな考えのヤツとかだからさぁ……――そんなサイコパスだって貴族お抱えの店にはそうそう手を出さないんだから、やっぱり貴族の存在は大きいわけで……――本来なら少しの領土を持っていたとしても、男爵家の後ろ盾だてってのは……まぁ激ヨワな部類に入っちゃうけど、ゼクスの場合はそのさらに後ろにラッフィナート商会って言う頑丈でどデカい盾が控えているからね……――こんな交通手段も限られて、すぐに助けも呼べないような場所だからこそ、貴族の守りは絶対だと思うんだけどなぁ……)
リアーヌはそう考えながら、顔を曇らせつつゼクスを伺い見る。
リアーヌの視線に気がついたゼクスは少し困ったような顔をして小さく肩をすくめて見せた。
その行動がまるで「この村を諦める」と言っているかのように感じた。
――その瞬間だった。
リアーヌの背中にゾクゾクゾクっと悪寒が走り、足元や座っているお尻の下から、ムズムズと這い上がってくる強烈な居心地の悪さを感じた。
(なにこれ? なんかすっごい嫌なんだけど⁇ え、なんかものすっごい嫌なんですけど⁉︎)
初めて感じるよく分からない感覚にドギマギしていると、その様子をどう受け取ったのか、ゼクスがため息混じりに問いかけてきた。
「ーーリアーヌはこの村どうなると思う? みんな幸せに暮らしましたとさー……で終わると思う⁇」
投げやりな態度でそう言ってギシリと音を立てながら椅子にもたれかかるゼクス。
「えっとですねぇ……?」
そんなゼクスを横目に見ながらリアーヌは必死に自分の状況を把握しようと考えを巡らせる。
(……よく分かんないけど、このイヤな感じ、父さんからコピーしたギフトじゃない……? 意味不明なイヤな感じってそのぐらいしか心当たりないし……――つまりは、ゼクスがこの村を諦めるのがダメってことで……ダメなんだとしたら――……え? この状況で私にどうしろと……⁇ ゼクスってばもうすでに話し合う気もなさそうにしてるし、村人だってだいぶ強硬な態度なのに……?)
チラリとゼクスや村人に視線を走らせたリアーヌはその中でたった一人、この村の代表を務めるディーターと目があった。
ディーターは目があった後もジッとリアーヌを見続け、その答えを待っているようだった。
(この村の行く末……――この人を説得できれば、もしかしたら……?)
リアーヌがそう考えた瞬間、むずむずとした居心地の悪さが少し緩和されたような気がした――
それを感じ取ったリアーヌは、覚悟を決めるようにゆっくりと深呼吸をすると、ディーターを見つめたまま口を開いた。
どうか理解してほしいと、願いを込めて――
「……私は二、三年の内に――なんらかのトラブルに巻き込まれてこの村は無くなると思ってます」
「なっ⁉︎」
リアーヌの言葉にディーターが驚愕の声を上げ、その周りの村人たちもザワリ……とどよめき、そしてリアーヌに攻撃的な視線を向けた。
「――俺は一年もかからないと思うけどなー? ある意味で今この村って貴族の注目の的だし、でっかい道路引いて交通の便も良くなるし⁇ こんな森に囲まれた村、偵察しようと思ったら簡単に出来ちゃうよねー? ――なら俺が手を引いたことぐらい、すーぐに分かっちゃうんじゃないかなー⁇」
ヘラヘラと軽薄そうな笑みを浮かべながら、村人たちを挑発するように喋るゼクス。
――わ ぬラッフィナート側の護衛が苦笑いを浮かべながらチラリとゼクスを振り返ったのは、わざと自分にヘイトを向けさせてリアーヌを守ろうとしたことがバレバレだったからなのかもしれない。