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「――それにさ?」
リアーヌの考えを遮るように、ゼクスはウキウキと楽しそうに続ける。
「それに?」
「俺、自分だけの店持つの夢だったんだよねー」
「……はい?」
うっとりとした表情で紡がれたゼクスの言葉と前後の会話がうまく繋がらず、リアーヌは困ったように視線を揺らしながら、小さく首を傾げた。
そんなリアーヌを見て、ゼクスは自分がだいぶ説明の言葉を省略していたことに気がつき、慌てて言葉を付け加える。
「えっと……この村って俺が領主で、ここで集めた税金とかで色々やりくりする――それがなんか店の経営に似てるなって思って……」
(……言われてみれば? しかもフルーツは一括で買い上げって話だし、余計にお店っぽい、と言えなくも……⁇)
「――俺はラッフィナートの跡取りで、うちって俺が物心ついた時にはもうそこそこの大きな店でさ? だから、一から任せられる仕事って実はあんまりなくて……――だけど、じーさんも親父も「ラッフィナート商会はこの店から始まったんだー」とか「ラッフィナート商会がここまでデカくなったのはこの船があったおかげだー」とか自慢してくるわけ」
(――……確か、引き継いだ最初の店をデッカくして、ある程度の商会に育て上げたのがおじいさんで、船を使って国内国外の販路を広げて、この国を網羅するほどの大商会にの仕上げたのがお父さん――だったっけ?)
「……俺は与えてもらったものをそのまま後に引き継ぐだけ……そう思ってた。 でもさ、ここが俺の第一歩なんだよ! つまりは俺の第一号店‼︎」
キラキラした瞳をリアーヌに向けて力説するゼクス。
(――うん。 もはやゼクスの考えの軌道修正が効かないってことだけはリアーヌ分かった……)
愛想笑いを返しながら心の中で後悔するようにリアーヌは嘆いた。
「……――だからさ? リアーヌもうちの領主が赤字経営にならないように、手伝ってくれると嬉しい」
「――赤字経営……?」
「うん」
(やっぱり借金……! この世界の借金って最悪なんだよ! 返しても返しても、利子が……利子の……利子分として――って、元金が全然減っていかないの! 父さんたちがどれだけ苦労してたか! 本当にクソ仕様。 仕様もクソだけど取り締まる法律もないとかいう政治もクソ! 借金は悪! リアーヌちゃんと知ってる……‼︎)
「早くなんとかしないと……――借金は敵ですよ⁉︎」
「――なんとかしなきゃいけないのは俺もそう思ってるけど……でも借金はもうどうしようもないんだよねー……」
「ええー……?」
「でも借りる相手は親だから、無利子無担保無催促でってことで話つけてる」
「――それ、なら?」
(利子無しで催促もしてこないなら、まぁ……許容範囲……?)
「……――でも借金は借金だから早めに返したいだろ?」
「そりゃそうですね。 やっぱり色んな時に(でも借金も返さなきゃな……)って思うのは心の健康的によろしくないと思います」
「じゃあ……この村のフルーツを出来るだけ高く売る方法とかってなにか考えつくかな?」
そうリアーヌの反応を伺うように盗み見ながら問いかけたゼクスは、その瞳をギラリと光らせながら続ける。
「もうこの際、フルーツじゃなくてもいいんだ。 なにか新しいこの村の特産品でも構わない――思いつくなら、だけど……」
「ショートケーキ!」
リアーヌはゼクスの言葉に即答で返す。
ギフトの力なのかリアーヌ自身の考えなのかその両方か……リアーヌは心の底からこのケーキは王都でも絶対に売れると確信していた。
「……それってリアーヌが食べたいだけ……? ――いや……本当に売れると思う?」
ゼクスは首を傾げつつ、ギフトの力なのかリアーヌの思いつきなのかを見極めようと、探るような瞳でリアーヌの顔をジッと見つめながら慎重に言葉をかける。
「バカ売れ間違いなしですよ! ゼクス様も食べましたよね? あれめっちゃ美味しかったじゃないですかっ!」
(しかも生クリーム由来じゃ無いから、どう頑張ってもルチェがなきゃ作れない。 つまり――男爵家が独占で売れるケーキってこと! そして私は王都でイチゴのショートケーキを食べるんだっ)
「――判断しにくい……どっちなんだこれ……?」
リアーヌの今までにないテンションでの力説にゼクスは頭を押さえて悩み始める。
そんなゼクスの姿にリアーヌは(あ……私すごい無責任に売ればいい! とか言っちゃったけど、本来お店ってそう簡単に出せるもんじゃないよね……? 失敗して借金まみれ――なんて話山ほど聞いたことあるし……)と勘違いし、その悩みを少しでも解決できる策を捻り出す。
「……あの、最初はとりあえず一ヶ月、とかの期間限定で始めてみます? お試し期間があれば、どのくらいの集客率かとか、材料費がどのくらいとか、純利益が――とか把握しやすそうですし……」
(――ただ、その期間はぜひ春でお願いします。 イチゴたわわな季節にしましょう!)
「期間限定の店……? ――もしかして王都に店を出すって話⁇」
この村で作り、この村で売るものだと勘違いしていたゼクスは、リアーヌの言葉を聞き、新たに頭の中で損得の計算をし始める。
「……そりゃあ? カフェが出来たら、いつでもショートケーキが食べられますし……」
(ショートケーキだけじゃ飽きちゃうから、ルチェの実使ったケーキ沢山の作ってもらおう……――待って? 生クリームとチョコがあるならチョコケーキだって出来ちゃうよね⁉︎ うわぁー楽しみっ!)
「……それは材料をこの村で買って、うちが店員を用意してって話になるのかな?」
「……私はこの村の人に作ってもらうつもりでしたけど……求人募集の張り紙とかしたらみんな応募してくれるんじゃ……?」
「……――それってつまり、領主の命令で他の土地に移住させられる――って話にならないかな……?」
「いく先が王都ですし、移住じゃなくて出稼ぎのような……? ――……あの私、小さい頃に王都での就職はどれも大人気ですぐに枠が埋まっちゃうんだよって、出稼ぎに来てたおっちゃんに教わったことあるんですけど……――今は変わちゃっいましたか……?」
「――まぁ、出稼ぎと考えれば王都に働きに出たい人はたくさんいると思うけど……――そのカフェはこの村でやってはダメなの? 金を儲けるって観点で考えたらさ、王都での売るよりこの村に足を運んでもらうきっかけになるし、滞在してもらったほうがお金は落ちるよ?」
そう喋りながらリアーヌの反応を確かめて見つめるゼクスだったが、その顔にはっきりとシワが刻まれるのを見て、ため息を吐くように息をもらしながらゆっくりと肩を落とすのだった。