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急にやる気に満ち溢れ、グッと拳を握りしめたゼクスに、リアーヌは少しだけ身体を離しながらそっと視線を背ける。
そしてそのまま遠くの空を眺めつつ、ゼクスの耳に届くかどうか分からない言葉を独り言のように紡いだ。
「……私はここのフルーツ美味しいと思いますし、王都でだって充分売れると思いますけどねー」
その瞬間、ゼクスの瞳がバッとリアーヌを捉えた。
そして商人らしいギラギラとした目つきで話し始める。
「美味しいのは分かってるよ? でもさ日持ちしないっていうか……どうしたって期限があるだろ?」
「あー……」
リアーヌはゼクスの言おうとしていることを的確に理解して、うめき声のような返事を返しながら大きく頷いた。
ギフトに頼り気味なこの世界は、冷蔵庫や冷凍庫が存在していない。
氷を買って商品を冷やすか、ギフトでものを冷やすかしかないこの世界では、生鮮食品の鮮度を保つのは至難の業だった。
そしてそれを逆手に取り野菜や果物を値切りまくる母を間近で見ていたリアーヌには、その事実を嫌というほど知っていたのだ。
(……全部買うなら半額! とかいう条件で買うもんだから、その日からしばらくの間ほうれん草のターン! とかよくあったもんなぁ……――萎びてても果物だったら嬉しかったけど……)
「――ここは俺の領地だよね? 男爵だから領地がもらえただけでも恵まれてるけど、ラッフィナート男爵家としてだけ考えたら、収入ってここからの税金しかないんだ」
どこか説明するような、諭すような口調で語りはじめるゼクス。
「え? あーそう、だと思います……?」
ゼクスの言い方に引っかかったリアーヌだったが、それを指摘することはなく、いきなりふられた話題について曖昧な態度で答えた。
「領主だって慈善事業じゃないんだから儲けが出ないとやってられないだろ?」
「……かも?」
(……場合によっては慈善事業そのものでなくてはならない場合があるとは思いますが……――まぁ、なんの旨味も無いなら、領主でいる意味なんてほとんどないとは思う)
やはり曖昧に答えるリアーヌに、ゼクスは困ったように苦笑いを浮かべた。
(――俺は君からの言葉で自分の立場に気がつけて、だからこそもうじきくる未来の予想も付いたわけだけど……――君のほうが理解していないっていうのはどういうことなんだろうね……?)
ゼクスは芝居がかった仕草で真顔を作ると大きく咳払いをしてから口を開いた。
「――……さてここで問題です」
「え、あハイ?」
「その場合、貧乏になるのはどこのお家でしょうか?」
「――……ラッフィナート、男爵家……⁉︎」
ようやくゼクスの言わんとしていることに気がついたのか、リアーヌは大きく目を見開いた。
その顔に“絶望”という色を滲ませて――
「この村の人たちにはがっつり稼いでもらって、がっつり税金納めてもらわないとマイナスの補填が出来なくなっちゃうんだよ」
「――マイナスの補填⁉︎」
(なにそれ⁉︎ マイナスってことは、つまりすでに借金があるってこと⁉︎)
リアーヌの驚きを的確に読み取ったゼクスはため息混じりに肩をすくめると、ラッフィナート男爵家の懐事情を説明し始めた。
「そもそも俺が男爵の位を叙爵してもらえたのは、セハの港からビセンテ――このモンドラゴの森までの道を引くっていう条件を引き受けたからなんだよ」
「……――道路を?」
「そう。 あ、正確には今から行く崖の上までなんだけどね?」
「さらに伸びた……」
「まぁ……いざって時の軍事用だと思う。 セハの港は海外からの船が多いから、商船に偽装された軍船に選挙されて――なんてことになったら大事だろ?」
「……――戦争の予定が……?」
(――え、嘘でしょ? もうちょっとでゲーム本編が始まりますが……⁇)
「あくまでもその危険に備えてってことだと思うよ。 ――逆にその危険があったら男爵なんかに任せてる場合じゃないでしょ」
「……確かに?」
(じゃあ戦争の心配は無いのか……――いや、全然安心はできないけどね⁉︎)
「正直、道路なんてそう簡単に出来ないし、めっちゃ人手がいるのに、それをこの村だけの税収でなんとかしようとしたら、回収までにどれだけの時間がかかるか……」
「あ、待ってはいただける……?」
「いや? 多分数年しか猶予はないし――その期間で道路を完成させようと思ったら、今から作業に取り掛からないと間に合わないねー」
「ですよねぇ……?」
リアーヌは、顔をしかめて首を横に振るゼクスに向かい、たっぷりの想いを込めで「そのお金はどこから……?」と声には出さずに視線だけでたずねた。
「実家に出してもらうしか無い――というか……俺今の今まで全部商会が出すもんだと思ってた。 それで俺は少しでもその分の金を回収役割なんだって……」
「なる、ほどぉ……?」
(……あれ? ラッフィナート男爵家としてはそっちのほうがリスクが無いのでは……?)
「――でもリアーヌに、俺は領主で男爵家側だ、って言われた時になんか納得しちゃってさ? まぁ事実そうなんだから納得もなにもないわけだけど……――でもそうだよなぁ……って」
どこか晴れやかて、スッキリとしているゼクスの横顔を見つめながら、リアーヌはきちんと理解していた。
(――はっはーん? これは私が余計なことを言った結果なわけだな……⁇ ――いや、諦めちゃダメだ。 今からでも遅くない。 男爵家側として商会にお金出してもらって利益を丸っと渡してしまえば、とりあえずの借金は無視出来るものになりそうだし!)




