129
(ゼクスって根っからの商人だけど、極悪人ってわけじゃないと思うから、時間がかかってもいつかは分かって貰えそうだと思うけど……――だって、こういう領地経営って、住民側の不満が無くなるなんてこと無くない? シミュレーションゲームでだってあんま見ないよ……? 人間が生活していく上で出る不安や不満なんてキリがないに決まってる。 それが解消されたって、すぐにまた別の問題が湧き上がってくるもんじゃん。 ……人間どこまで豊かな生活になったって不満は抱えるもんなんだって……――私なんか、貧乏生活から貴族になっても、日本の生活を思い出して不満感じてたし、そもそも日本で生活してた時だって不満だらけでしたよ)
そこまで考えて、リアーヌは隣で同じように空を見上げていたゼクスの横顔を見つめた。
どことなく傷ついているような、迷っているような顔つきのゼクスに、リアーヌは反射的に口を開いていた。
「――そんなに悩むこと無いと思います」
リアーヌの言葉に目を見開いたゼクスは、ゆっくりとリアーヌを見つめながら肩をすくめ、自傷気味な笑みを浮かべる。
「……こんなんでも領主だし、ちゃんとしてあげたいじゃん? ――男爵なわけだしさ……」
そう呟くように言ったゼクスの言葉を聞いて、リアーヌはクスリと小さな笑みを浮かべた。
その心の中では(こういう所で冷酷に切り捨てられない感じがゼクスとして、解釈の一致が過ぎる……)と感心し、鳥肌が立つほど心震えていた。
その解釈の一致が、自分で考えていた以上に嬉しかったからなのかもしれない。
(――だったら……ゼクスもこの村と商会の間で板挟みになって苦しんじゃったりするのかな? ――ゲームの中で主人公と商会の間で板挟みになっちゃったみたいに……)
その時のゼクスの苦悩をよく知っていたリアーヌだったからこそ、胸を痛めている様子のゼクスをそのままにして置けず、少しでも元気づけようと頭をフル回転させながら口を開いた。
「――そもそも、もうこうなっちゃったら、なにを言ってもダメな気がしません?」
「……そう、かな?」
「私はそう思います……――話し合うつもりがあるなら、もう話し合いが始まってると思いますし……」
「――だね?」
「それにあんなに警戒心剥き出しの相手、説得しようとか……ムリでは……?」
「それは俺も薄々感じてた……」
そう言いながらガックリと肩を落とし、大きなため息をついたゼクスにリアーヌは苦笑いを浮かべると、思いつくままに言葉を重ねていく。
「――きっと地道に実績を重ねていけば、ゼクス様はラッフィナート商会からの回し者とかじゃ無く、ラッフィナート男爵家側……――この村を守る領主様なんだって、ちゃんと理解してくれて、そうなったらようやく話し合いなのかな、って思います」
その言葉を聞いたゼクスはポカンと口を開けジッとリアーヌを見つめ返していた。
そして、しばらくその言葉を自分の中で咀嚼するかのように何度も反芻する。
「ラッフィナート男爵側……?」
「――え、違うんですか? ……村側に立っちゃうとご実家が敵になっちゃいますけど……?」
(……私的にはそのくらい時間をかける話だと思ってたけど――ゼクスってばいきなり村側について商会とやり合う覚悟を決めてた……? ゲームで板挟みになったのは恋愛感情ありきだからだと思ってたけど――コイツ実はただのいい人――?)
「いや、村側には付けないけど」
リアーヌの疑問をすぐさまぶった斬るようにスンッと真顔になったゼクスが答える。
「……ですよねー?」
(だって商人だもんね? そりゃ利益最優先だよね⁇ ――再び解釈が一致しててなによりでーす……)
「――でも……そうなんだよ。 俺がラッフィナート男爵で、ここの領主なんだから……――家のために働くのって当たり前だよね?」
「……そう、だとは思いますけど……」
急に何かを吹っ切ったようにスッキリとした表情を浮かべたゼクスに、リアーヌは内心で盛大に首を傾げつつも肯定の言葉を返した。
(当たり前だって思っているような人の反応じゃなかった気がしてますけれども……?)
「なるほどな……――けど、そうするとフルーツだけじゃ弱いか……」
そうブツブツと呟きながら、あごに手を当て一人考え込み始めるゼクス。
――この時のゼクスには、初めてこの村の領主であるという自覚が芽生えていた。
事実としてはずっと認識していたことだったが、リアーヌの発したラッフィナート男爵家側という言葉で、ようやく自分が貴族だという事実と自覚が自分の中で融合し、収まるべきところへ収まったように感じていた。
そして同時に、この村への認識も改まっていた。
この村はどうにか金を回収するべき取引相手などではなく、なんとしてでも利益を上げさせるべき新店舗のようなものなのだと。
さらにはその新店舗――父や祖父母へのお伺いなど必要とはせず、口を出される謂れもないという事実に、ようやく気がついたのだった。
――それはつまり、自分の力を試してみたいお年頃なゼクスが、その場所と機会を手にした――ということだった。
(俺が采配して儲け出して、従業員……村人たちが元気に働いてくれるだけの給料……利益上げさせて――間違いない。 この村は俺の店と言っても過言じゃねぇってこと⁉︎)
誰かがゼクスの心の声を聞いていれば「過言だな?」とツッコミを入れそうだったが、ここにそんな人物はおらず――そのままキラキラと瞳を輝かせ始めるゼクス。
(経営破綻なんてさせてやるもんか……――俺の領土だぞ⁉︎ ――絶対に儲けさせてやる……絶対にだ‼︎)