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そこには紅葉のような真っ赤な花を満開にさせた木が、その枝を悠然と広げて立っていた。
「おー……真っ赤っか」
(桜みたいに花が咲くときは葉っぱがない木なのかな? 真っ赤な花がわっさりしててすごい綺麗……――しかもこの距離でこんなに匂いがするって……――)
「――ゼクス様あの木ください」
「え……――あ、花園用だね? 確かにピッタリだ。 手配しておくよ」
その芳しい香りに癒されながら、リアーヌたちは旅路を進んでいく――
サンドバルの村はもうすぐそこだった。
◇
「――ゼクス様、ここは楽園だと思います……」
「……気に入ってもらえて嬉しいな?」
「おいひぃ……」
恍惚の表情を浮かべてリアーヌが頬張っているのは、この世界で初めて食べるショートケーキだった。
サンドバルの村にようやく到着した一行は、宿屋代わりにもなっている元代官の屋敷で、村の代表者たちからのおもてなしを受けていた。
ショートケーキはこの村がある山で取れる、ルチェという実を使い作るこの土地ならではのケーキなのだと説明され、リアーヌは(確かに食べてないかも⁉︎)と、驚愕に目を見開いていた。
「レシピを売っていただきましたので、お屋敷に戻っても食べられますよ」
満面の笑みを浮かべてケーキを食べるるリアーヌにアンナが小声で伝える。
「本当⁉︎」
「はい。 ルチェの苗も手配していただきましたので、なんの心配もございません」
「いつでも食べられる⁉︎」
「もちろんですとも」
リアーヌの口元に残るクリームをサッと拭き取りながらアンナが答える。
――ここ数日、オリバーがリアーヌをまるで子供のように扱い続けていた。
初めは苦言を呈していたアンナだったが、少なからずその影響が出はじめているようだった。
「――構いませんけど……こう、商人の血が騒いじゃうんだよなぁ……」
そんなやりとりを眺めていたゼクスが小さな声でグチるようにボヤく。
子爵家で幼い頃より暮らしていたメイドが欲しがるほどのケーキのレシピだ。
自分ならばどれだけの条件を引き出すことが出来たのだろうか? とムダな皮算用をして、してもいない大損をしたような気分にになっていた。
(スポンジふわっふわ、クリームも程よく甘くってサッパリクリーミー! ――そういえば食べてなかったなー……イチゴじゃなくてパイナップルなのがちょっと残念だけど――このパイナップルはパイナップルでめっちゃ甘くて美味しいから、やっぱりなんの問題ないね! パイやタルトやチーズケーキ、それからシュークリーム……そもそも、元々がショートケーキよりもチョコレートケーキ派だったから、本当に盲点だったな……――こうなってくるとイチゴのショートケーキが食べたくなってくる……)
「お気に召していただけたようで恐縮でございます」
抑揚のない声でそう言ってリアーヌに向かい、わざとらしいほどに深々と頭を
頭を下げたのは、この村の代表ディーター・ヘイネス。
濃い赤茶色の髪に混じった白髪の目立つ五十代程度の男性で、本来ならばこの村の村長となるべき人物だった。
この村を長い間治めていた前領主は、この村に村長を置くことを許さず、自分の息のかかった役人を代官として移住させ、その者を村の村長代わりとして扱っていた。
当然、村人たちが納得するわけもなく、代官の目の届かないところではずっと村長と呼び続けていたのだったが。
(……ずいぶん腰の低い人……――あ、お辞儀の角度を勘違いしてる人かも⁉︎)
未だに深々と頭を下げ続けているディーターに授業中の自分を重ね合わせたリアーヌは、思わずケーキを食べていた手を止める。
そしてディーターに「顔を上げてください」と声をかけてから、満面の笑みで口を開く。
「このケーキ本当に美味しいです! パイナップルもすごく甘いし! ぜひまた食べさせてくださいね」
その言葉にディーターはニコリともせずピクリと眉を跳ね上げると、再び顔を伏せて答える。
「……もしよろしければ、お好きなだけご献上いたします」
「え……?」
ディーターの言葉と態度に、リアーヌはようやくディーターが――そしてその後ろに控える数名のこの村の住人たちが、自分たちの訪問をまったく歓迎していないのだ、ということに気がついた。
オロオロと視線を巡らせるリアーヌを落ち着かせるように、隣に座っていたゼクスがその手に自分の手を重ねた。
そしてディーターに向かって口を開く。
「個人的に用意して欲しい分についてはちゃんと買い取るつもりですよー?」
「……さようでございますか」
ゼクスの言葉にフンッと鼻を鳴らしながら答えたディーターは、愛想笑いさえ浮かべることもなくそのまま会話を終了させる。
(――これは……マナーがどうこうではなく、ただただこの人が感じ悪いってことなのか……? ――え、男爵とはいえ現役貴族で、あのラッフィナート商会の跡取り息子やで……? そもそも領主だし……――ケンカ売るには相手が悪すぎない……⁇)
「――……それ食べ終わったらどうするー?」
気まずい沈黙を破り、ゼクスは極力明るい声でリアーヌに話しかけた。
「あ、えっと……?」
問いかけられたリアーヌは食べかけのケーキに視線を落とし、少し考える。
(……時間的に夕飯も近いし、ずーっと馬車の中で座りっぱなしだったし、腹ごなしも兼ねてお散歩したいかも……?)