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(……なんか思い出したら腹立ってきたな……? 大体あのメイドが、多少の恩で情報を口にするとは思えないし……――よし、作戦変更だ! こうなったらあの女からの好感度なんて知るか。 リアーヌさえ上機嫌にさせておけばきっと話は聞き出せる。 なら俺が取るべき手段は――)


「――あ、あっちにスープとかお肉とかもあるんだー……俺も食べちゃおっかな?」


 ニコリと浮かべた笑顔の下に、商人の顔を隠してゼクスはリアーヌを誘う。


「――たくさん食べるのが良いと思います!」


 思惑通り、上機嫌で返事をしたリアーヌに満足げな顔を向けるゼクスだったが――これが発端となり、起こってしまう悲劇については、まだ想像すらついていないようだった――



「だから生物(なまもの)はダメだって!」


 ゼクスはリアーヌが伸ばしたフォークを持つ手を慌てて下げさせながら声を荒げる。


 なにを食べても美味しい美味しいと大はしゃぎしていたリアーヌの存在は、この店の中で良い意味でも悪い意味でも目立ち、そして他の客からの注目を集めていた――

 そして彼女に注目していた客の中に、アウセレ国――この国の西に位置する、日本に酷似している国――からの船乗りたちが混じっていたことは、リアーヌとっては幸運でゼクスたちにとっては不幸なことだったのだろう――


 美味しそうに魚介類。食べるリアーヌに興味を示した三人のアウセレ人たちは、日本語でリアーヌたちに話しかけて来た。


『いい食べっぷりじゃねぇか、どうだい、この刺身も食って見ねぇか? 美味いぞー?』


 と、刺身の乗った皿を片手に持って――


 そのアウセレ人たちにとっては、少々はしゃいでいる子供をからかう気持ち半分、この国ではなかなか受け入れられない刺身や寿司を少しでも布教したい気持ち半分だった。

 だから言葉やジェスチャーが通じなかったり、顔をしかめられたらすぐに引くつもりだったのだが……


『本当ですか⁉︎』


と、流暢な母国語を操りキラキラと瞳を輝かせた少女に、アウセラ人たちは(なるほど、この子はアウセレに住んだ経験か、長期滞在をした経験があるんだな)と納得し、それなら耐性もあるか――と一匹の剥かれた甘エビの尻尾をつまみ上げ、少女に手渡した。

 なんの躊躇いも無く受け取ると、手慣れた手つきでで甘エビを口に入れ、尻尾の根本ををキュッと摘んで中の身まで綺麗に食べて見せる。


「うわ、この甘エビあまっ⁉︎ なにも付けてないのに激うまじゃん‼︎」


 自分たちと同じ食べ物を、自分たちと同じような反応で食べた少女に気を良くした三人は、ニコニコしながら少女を自分たちのテーブルに招く。


『気に入ったならもっと食いな!』

『こっちには寿司もあるぞー?』

『寿司‼︎』


 歓声をあげ、スタスタと歩き出したリアーヌの後ろにため息をつきながらオリバーが続いたところで、ようやくゼクスが正気に戻った。


「……待って待ってダメだよダメ!」


 ゼクスは慌ててリアーヌに駆け寄るとその腕を掴みながら必死に言い募る。


 アウセレ人たちの食の好みに文句を付けたいわけではなかったが、それを食べようとしているのが、お預かりしている子爵家ご令嬢ともなれば、アウセレ人たちの機嫌を損ねることなど気にする余裕はなかった。


(やめろよ⁉︎ 食中毒にでもなったらどうするの気だよ⁉︎ 子爵様たちに顔向できないどころか、あの執事に殺される! ……いや、それより先にうちのばーちゃんに殺されるかも……)


 最悪な想像をしつつ、これ以上は! とゼクスは必死にリアーヌを押しとどめる。


 いきなり見知らぬアウセレ人たちに話かけられたことや、リアーヌが流暢なアウセレ国の言葉を喋り出したことなどが重なり、ゼクスはその情報を処理するために動きを一瞬止めてしまった。

 その隙にエビを口に運ばれてしまったわけだが――


 一瞬でも止まってしまった自分に頭の中で盛大にキレ散らかしつつ、必死にリアーヌを止めるゼクス。


『……やっぱダメか?』

『まぁ……生は嫌がるからな……』


 制止し続ける少年の出現に、アウセレ人たちはシュン……と肩を落とす。

 実際これまでにも、興味を示した者を他の者が嗜めて、結局食べてもらえなかった――という経験はもう何度もしていた。

 今回もそうだっただけ――そう考えていた所に、仲間の戸惑った声がかけられる。


『――この子は食う気満々みてぇだけど……?』


 言われて少女を見てみれば、制止している少年にめんどくさそうな視線を送りながらも、チラチラとテーブルの上の料理に視線を走らせてはゴクリと生唾を飲み込む少女の姿があった。


『――ここまで食いたそうにされたんじゃ……なぁ?』

『――だよなぁ⁇』


 ――ゼクスは暴力的にならない程度にリアーヌの腕を掴みそっと引くが、その程度で引いてくれるリアーヌでは無く、ゼクスはその頭の中で多少乱暴にこの場から引きずりだすのと、このまま生の魚を食べさせるの、どちらがより自分にとってマシなのか? と必死に計算を巡らせていたのだが――その少しの迷いの間に嬉々として動き出した元凶(リアーヌ)と陽気な三人組の船乗りたちの行動によって強制的に行動することを余儀なくされるのだった――


 実はこのアウセレ人たちが、このように陽気でノリがいいのには理由があった。

 つい先ほど夜通しの仕事が終わり、その労を労い合うため、酒を酌み交わしていたのだ。

 仕事が終わった達成感や異国の地という解放感も加わって、少々限度を超えて飲み過ぎているらしかった――


 そしてニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべたアウセレ人(酔っ払い)たちは、顔を見合わせながら頷き合い――

 ゼクスの隙をついてリアーヌの口に刺身や寿司を放り込むという、仁義なき戦いが繰り広げられることになったのだった――

 ……ちなみにリアーヌは完全なるアウセレ人側だった。





「――は?」


 両方の手にたくさんの買い物袋や手提げ袋をぶら下げ、その背中にも荷物を結びつけ、大満足の成果をあげて合流したアンナが、目の前の光景に驚き、目を丸くしながら呆然と呟く。

  そこにはゼクスに後ろから羽交締めにされ、口を抑ええ付けられているリアーヌの姿が……――しかし護衛のオリバーは近くで呆れたような顔を浮かべ、リアーヌの目の前には見知らぬ三人の男たちがリアーヌに向かって料理を差し出し続けていて、リアーヌも必死にゼクスの手を引き剥がしてはその料理を食べようとしていて――

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