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「この程度でしょうか……?」
「……多分? 顔につけていたいわけだから、横になって垂れてこなければ成功なんだと……」
リアーヌとアンナは頭を突き合わせながら真珠の粉をお湯で溶いていく。
「――汚れないようにタオルとか置いて試しながら調節します?」
(誰も正解なんか知らないわけだし、こういうのはトライ&エラーだって昔から決まってる)
「――お顔に貼りながら、ということでございますね?」
「はい」
そう言いながらリアーヌは本の栞程度の大きさの布を、何枚も器の中に入れていく。
(――ティッシュの方が水を含みそうな気もするけど……この液ドロッとしてるからちょっと浸しただけで、ボロボロのビッリビリになっちゃったんだよねぇ……――想像してた時から布だったから、私の先見の明がありすぎる。 上手くいくといいなー)
「――これ思った以上に気持ちいいですね……?」
ベッドに敷いたタオルケットの上に仰向けになり、顔の上には蒸しタオルを乗せたリアーヌは、同じ状況で隣に横たわっているであろうアンナへ話しかけた。
「本当に……」
同じベッドだなんて……! と恐縮しきりだったアンナだったが、すでにパックをし終えた状態で自分の部屋に戻るわけにはいかず、渋々……とベッドに横たわり蒸しタオルを顔を乗せたのだった。
(なんか肌にじんわりジュワジュワっと染み込んでいっている気がする……――ってかこれ蒸しタオルだけでも相当気持ちいいんじゃ……? この暑さだから余計だったかなー? とか思ってたけど、いや気持ちいいわ、これ……)
「――……ですがお嬢様」
「なんでしょう?」
「次なさる時は別々にいたしましょうね……?」
タオルの下から聞こえるアンナの声はくぐもっていたが、それでもその声が、呆れを含んだ笑い声だということがリアーヌの耳には理解できた。
「――ですよねー……?」
(お腹もいっぱいでお風呂も済ませて、もう寝るだけなんだから……って二人同時にパック始めちゃったけど……――これ予定外のことが起こって、誰かが部屋に訪ねてきても、誰も対応出来ないんだよね……)
「やはり、メイドも護衛も二人では足りませんね」
「……ゼクス様に貸して貰えば良かったですかね?」
(この旅行に来る前に、商会の従業人をメイドとして同行させようね? って申し出があったにはあったんだけど、面接したヴァルムさんが速攻でお断り入れちゃってたんだよなー)
「いえ、それは……」
リアーヌの言葉に、アンナが言葉を濁す。
「ダメ、ですかね?」
「ダメと申しますか……――どうあっても信用しきることは出来ません。 結局はラッフィナート側の人間でいらっしゃいますから。 ……いざという時、きちんとお嬢様を守ってくださるのか、どこまで情報を秘匿してくださるのか――……ラッフィナート側の方では少々難しい条件であるかと……」
「あー……」
(分かる。 だってゼクスとか、絶対言い含めた人送り込んで来そうだもん! ……ってことはやっぱり、ラッフィナート商会から人を借りるのはダメかぁ……)
「やはり使用人を増やさないといけませんねぇ……」
アンナがため息混じりに漏らした言葉、それにリアーヌはピクリとその身体を震わせておずおずとたずねた。
「――やっぱり問題はお金でしょうか……?」
本人はさりげなさを心がけていたが、その緊張はアンナにはっきりと伝わっていた。
「――いいえ。 今回の場合、父の目が厳しいと言いますか……――我がボスハウト家に使えるに相応しい心を持った者を探すのに手間取っているだけですので……」
「――心、ですか?」
(……――え、うちってそんなに敵対心ばっか持ってる人が応募して来てる……? ――はっ⁉︎ 待って、これって……アンナさんの優しいウソというやつなのでは……?︎ ――きっと本当は出せるお給料が安すぎるから応募してくる人が少ないだけだったり…… ありえるよ! だってうちの母さんケチンボだもんっ‼︎)
これは完全にリアーヌの勘違いであり、ボスハウト家の給料は子爵家としてはトップレベルに高かった。
それゆえ応募してくる者も数多くいたのだが――
それゆえに玉石混交であり、ようやく選り分けた優れた者たちであっても「この先ボスハウト家が没落したとしても、誠心誠意、最後まで仕え続けられるか?」という質問に嘘偽りなく答えられた者はいまだに一人も出ていなかった――
これが、ボスハウト家に使用人がなかなか増えない原因だったのだ。
「――あの私、自分のことは出来うる限り自分でやるので、アンナさんが大変じゃなければ、今まで通りで全然大丈夫です!」
勘違いをしつつもアンナを気づかい、使用人が増えなくても不便はないと言うリアーヌの優しさに、アンナは心がじんわりと暖かくなるのを感じながら笑顔を作る。
――パックの真っ最中だったため、思ったよりは口元が動かなかったが。
「お嬢様……――今、父がツテを頼り使用人を探しております。 必ずやお嬢様方に仕えるにふさわしい者たちが見つかりますとも!」
(……ヴァルムさん、お給料の交渉までしてくれてるんだ……でもそれなら――)
「――なんだか案外早く見つかりそうですね?」
「……えっ?」
「……だってヴァルムさんですよ? 出来ないことなんかこの世にありませんもん!」
「――その通りでございますね?」
アンナはその日、ここまで信頼を得ている父を改めて尊敬し直し、自分も早くここまでの信頼を勝ち得ようと熱意を新たにしたのだった――