120
「――弾力……」
(――それお肌のことですよね? 飲んで次の日に肌が……? あ待って? 確か昔の海外――エジプトとかで真珠って食べたり塗ったりする美容品って話聞いたことある気がする! クレオパトラの美の秘訣! とかなんとか! え、どうやって使うんだろう……? 食後にちょっとずつ? それとも飲めば飲んだだけ肌に弾力が……⁉︎)
「――お礼はあれにしよっか?」
薬瓶から目を離さぬまま何事かを考え始めたリアーヌに、ゼクスは肩をすくめ笑いながら声をかけた。
「あ、はい。 そうします!」
満面の笑みで答えるリアーヌ。
「おいおい、いいのかよ? ……自分で言うのもなんだが、ありゃ真珠ってだけで全く売り物にならねぇやつを粉にしただけだぞ……?」
そんな二人のやり取りに慌てたテオは、少し気まずそうに薬瓶の中身についての説明を始めた。
守銭奴であり、ケチであるという自覚があるテオではあったが、この窮地に一筋の光明をもたらしてくれた少女に対し、売り物にすらならない真珠で作った粉をお礼として渡すのは、さすがに気が引ける行為でだったのだ。
(確かに一部のご婦人方にゃ好評だが、それでも元がクズ真珠ってのは……)
「本人がこれだけ興味津々だからねー。 ――それに婚約者のアクセサリーくらい俺が揃えて見せますってぇ」
そう言ったゼクスは足を組みながらニヤリとテオに笑いかける。
「――とびっきりの用意しといてやるよ」
「そうこなくっちゃねー。 リアーヌ良かったね?」
「え……あ、えっと……?」
(え、なにが良かったんだろう? ――私が真珠の粉を欲しがって、それが安いからって新しい礼品につながった……――えっもしかして、それなりの真珠がタダになったってこと⁉︎)
「――タダで貰えてラッキーですね?」
「……うん、真珠のアクセサリーは買うんだけどね?」
「……あ、値引き! 良いものをより安くって言うのは買い物の醍醐味ですよねー」
「……うん。 ――じゃたこ焼き? 食べに行こっかぁ……?」
ゼクスは少々疲れた様子でため息混じりに言った。
「たこ焼き‼︎」
「――はい、いいお返事ですねー……」
ゼクスはそう答えながら呆れたように笑い、テオに向かって肩をすくめるのだった――
(なーんで今の会話で真珠がタダになると思ったんだか……――ビセンテ地方の真珠はこの国一番の品質と知名度だぞ……? しかもそこの顔役であるおやっさんが“とびっきり”の真珠を用意してくれるって約束してくれたって言うのに……――俺からの真珠なんか始めから期待してないってことかよ……?)
リアーヌは全く覚えていなかったが、とある“決まり事”がこの国にはあった。
それは新郎が新婦に渡す最初のプレゼントは真珠であるということだ。
その丸い形から家庭円満の象徴である、という説や子宝に恵まれると言った意味合いもあると言われていて、どれだけ丸く白く大きな真珠を用意できるかで、その夫婦の未来が占えるとまで言われている、結婚式を迎えた夫婦にとって、初めてのそして特大の大イベントであるはずなのだが……
今のリアーヌに、そのイベントを思い出す機会は訪れなかったようだった――
◇
セハの港、宿屋の一室――
夕飯を食べ終えたリアーヌは、自分の部屋に戻り、窓近くのソファーでくつろいでいた。
全開にしている窓からはセハの港がよく見え、吹き込んでくる潮風は程よく冷えていて心地いい。
(たこ焼き美味しかったなぁ……ベビーカステラもふわふわカリカリだったし! ――やっぱり晩御飯とか気にせず、屋台巡りがよかったな……りんご飴やチョコバナナも見えてたのにっ! 子供だってもっと奥にいたのに私はダメとか! ちゃんとお忍びだったのに! あーあ……また食べたいなぁ……――明日の朝とかは店出してないかな?)
リアーヌは夕飯前に食べた、屋台の料理に想いを馳せてながら、夜になりかけの港町や海を眺めていた。
「――お嬢様、こちらはどういたしましょうか?」
リアーヌの部屋の中、リアーヌのためにお茶を入れてくれたり、部屋を整えてくれていたアンナが、真珠の粉が入った薬瓶を手にたずねた。
「あー……」
リアーヌはその薬瓶を目にすると、少し迷うように視線を巡らせる。
(たしかトムさんは飲み薬だって言ってたな。 ……真珠の味も気になるんだけど……――なんか飲むのはちょっとイヤなんだよねー……こう、心躍らないというか……)
胸に湧き上がるモヤモヤを押さえつけるようにリアーヌは自分の鎖骨あたりを撫で付ける。
眉をひそめ、何事かを考え込んでいるような様子のリアーヌに、アンナはほんの少し目を細めると、慎重に口を開いた。
「――どのようにすればよろしいと思われますか?」
アンナのその質問に、リアーヌはキョトリと目を丸くする。
(どのように……――どういう風に使えばいいのかってこと……?)
心の中で(ってことは飲む以外に何か別の方法で――)と続けたところで、フッと鮮明な映像が頭の中に次々と映し出された。
アンナと二人、器と真珠の粉を持ちながら顔を突き合わせ何かを作っている映像。
手鏡を片手に白い布のようなものを顔に貼り付け、最後にかすかに湯気の昇るタオルを乗せ、二人仲良くベッドに横たわっている映像。
そして、洗顔後のような格好で手鏡を持ちながら、二人とも鏡に映る自分の顔にうっとりとしている映像。
二人顔を見合わせ、手に手を取り合うと、キャッキャとはしゃぎ出した映像――
(……――なんだかとっても楽しそう……⁉︎)
「――この粉、お湯で溶いて布に浸して、パックしましょう! 最後は蒸しタオルを乗せてしばらく放置! ……――アンナさん一緒にやりませんか?」
「わ、私も――でございますか?」
リアーヌからの誘いの言葉は完全に想定外だったのか、アンナの声がわずかに裏返る。
「……ダメでしょうか?」
「――お嬢様はそれがよろしいと思われたのですね?」
アンナはなにかを探るような視線をリアーヌに向けながら、念を押すようにたずねる。
しかしリアーヌはその質問の意図が分からず、首を傾げながらあっけらかんと答える。
「よく分かりませんけど、なんかすごく楽しい気がします!」
リアーヌの答えにアンナは少しだけ肩を下げたが、すぐにグッと背筋を伸ばしリアーヌに向かい綺麗な笑顔を浮かべ、恭しく頭を垂れた。
「――ではそのように」




