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◇
「――え、売り切れ……ですか?」
購買部のカウンターの前に立ち、リアーヌは店員から返ってきた言葉を呆然と繰り返していた。
「申し訳ございません」
再び頭を下げる店員に、リアーヌは困ったように眉を下げた。
その近くにいたビアンカはクスクスと少々場違いな笑い声を漏らすと、楽しそうに口を開いた。
「あらあら。 今回は手が込んでいますこと」
リアーヌがなかなか音を上げないことに焦れたのか実行犯が変わったのか、最近の嫌がらせが、机の飾りつけから、リアーヌの私物――主に教科書など――に悪戯をする、という方法に変わってきていた。
そして方法が変わり数日、移動教室から戻ったリアーヌが目にしたのは、午後一番で使うテキストや教科書の変わり果てた姿だった――
ゲンナリしつつも、いつものように新しい教科書を買いに購買部へとやってきたリアーヌたちだったが……今回は購買部の教科書を買い占めるというアフターフォローまで追加されていた。
(ビアンカが勧めてくれた通りに『失礼な断り方してごめんなさい』って意味の手紙も出したんだから、もう許してほしい……もしくはシカトの方向性へのシフトチェンジ希望)
「もー……――ビアンカ見せてくれる?」
しょんぼり……と眉を下げながら購買部を後にしたリアーヌは、廊下をトボトボと歩きながら縋り付くような視線をビアンカに向けた。
「……今ならばよろしくてよ」
「――今?」
ビアンカの含みのある答えにリアーヌは首を傾げ、疑問を態度で表した。
「――授業中はお断りよ。 そこまであちら様と明確に対立するつもりはないの」
「なんて友達がいの無い……」
リアーヌはジットリとした視線でビアンカを眺めつつも、心のどこかで納得していた。
それも当然のことで、それはビアンカが、リアーヌへの嫌がらせが始まった当初から公言していたことだったからだ。
『私はあなたを気に入っているし、友人だとも思っている。 けれど“味方”にはならないと理解しておいてちょうだいね』
――この学院には、この国のほとんどの貴族の子息、令嬢が通っている。
学校でのいざこざが、数年後、家同士の関係に影響を与えることは十分に考えられる。
そしてリアーヌのほうも(なんで薄情な……)と思いはしたが、そもそもこの現状を招いた原因が(悪役令嬢たちの取り巻きなんかになったら、ヒロインいじめろって命令されて、結局最後には家に迷惑をかけるかも⁉︎)という想いからであった為、自分のことを棚に上げ「友達なら味方になってよ!」とは言えなかった。
(――それとなくヴァルムさんに聞いてみたら「ミストラル侯爵家とシャルトル公爵家家でございますか? そうですね、その二つの家であればお嬢様のご友人に相応しいかと……」ってニコニコしてたもんな……――確かにすごい家なのは知ってるけど、それ多分五分の二でお家没落コースなんですわぁ……)
「――で? どうしますの?」
廊下を歩いていたビアンカがそう言いながらピタリと立ち止まる。
「え……?」
なぜビアンカが立ち止まったのか分からず、不思議そうに見つめ返すリアーヌ。
ビアンカはそんなリアーヌに呆れたように小さく首を振ると、腰に手を当てながら口を開いた。
「だから“今”からならば、見せられると言っているでしょう?」
そう言いながらビアンカは何かに手をかざすような仕草をしてみせる。
その動きはリアーヌがギフトを使う時の仕草に酷似していて、そこでようやくリアーヌはビアンカが何を言いたいのかを理解した。
「――見る! 見ちゃう‼︎ ありがとうビアンカっ!」
そう言いながらビアンカに抱きつくリアーヌ。
そんな行為は、貴族の令嬢としては決して誉められたものでは無かったが、抱きついた側も抱きつかれた側も、楽しそうにクスクスとじゃれあっている。
「――やっぱり貴女のギフトって便利ねぇ?」
いつも食後に使っているベンチに座り、ビアンカは感心したようにリアーヌの手元を見つめ続ける。
リアーヌはそんなビアンカをチラリと見つめクスリと笑うと、どことなく幼かった頃の弟を思わせるあどけない表情で興味深そうにリアーヌのコピー能力を見つめているその横顔をサッと転写し、クスクス笑いながらビアンカに差し出した。
「――私、こんな顔してるんですの……?」
自分がしていたであろう表情を突きつけられたビアンカは、恥ずかしそうに頬を染める。
しかしどことなく嬉しそうに、そっとその紙を受け取った。
「――昔はさ、その能力使っておやつ代稼いでた」
声をひそめ、リアーヌはささやくように言った。
――これは、自分たちと先代ボスハウト子爵の血の繋がりがないというカミングアウトなどでは無い。
リアーヌたち一家が子爵家を相続する際作られた、それらしいシナリオに沿った実話だった。
そのシナリオとは、リアーヌたちの父親サージュが、先代子爵様のご落胤――隠し子であるというもの。
不正発覚やらで、跡を継げる者がことごとくいなくなってしまったボスハウト家。
それを危惧した大奥様は、元々ご落胤と知って手元に置いていた夫の隠し子を正式に家に迎え入れ、跡を継がせた――というのものだ。
そんな事情無いと知っている両親たちは、そんなことをしたら血筋が絶えてしまう! と反発もしたけど、そこはザームにボスハウトの分家の娘を嫁がせることで、あっさりと解決した。
(大奥様が大雑把なのか、実は貴族ってそんなものなのか……――まぁ私は今の生活の方が嬉しいけどー)
「――それは……合法なお仕事、ですわよね……?」
自分の顔が転写された紙をしまいながら、ビアンカは恐々とたずねる。
コピー能力を使って金を稼ぐという行為が、贋作や贋金作りを連想させたらしい。
「えっ……? ――だって図書館にはそれをお仕事にしてる人たちいっぱいいたよ? え、写本って合法でしょ⁇」
「写本……――ええそうね。 あの……立派なご職業だと思うわ」
リアーヌの答えに、ホッとした様子のビアンカはコクコクと何度も頷きながら答えた。
「だよね⁉︎ よかったー。 実は違法とかだったらどうしようかと思った」
「ごめんなさい。 写本は手書きのイメージが強過ぎて、結び付かなかったの」
その答えに、リアーヌはビアンカが大の読書家であることを思い出し、いつも世話になりっぱなしで恩を全く返せていないビアンカに対する、絶好の恩返し方法を思いついた。
「――ちなみにね?」
「なによ?」
「この学院の持ち出し禁止図書だってチョチョイのチョイよ?」
「――素晴らしいギフトね⁉︎」




