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テオがこっそりとため息をもらしている向いで、リアーヌはすまし顔を取り繕いつつ視線を伏せる。
「……リアーヌどうかした?」
リアーヌが少し取り繕った所で、その変化にゼクスが気が付かないわけがなく、どこか不服そうな彼女にゼクスは、優しい声でたずねた。
「……私って、ちょっとはお嬢様っぽくなりましたよね?」
「あ……――うん、もちろんだよ」
咄嗟のことで、少々ウソ臭い笑顔を貼り付けてしまったゼクスだったが、本心からそう答えていた。
――ほんの少しだけ言葉を飲み込む必要はあったが、この答え自体にはなんのウソもなかった。
(――最初のカーテン事件から考えたら大成長です。 ……Aクラス相当かどうかは議論の余地があると思うけど……)
「――笑い方をもっとかん高くしたらお嬢様っぽく見えますかね?」
(こう、高価なセンスとか持っちゃって、ふんぞり返るように立ってさ、腰に当てて「オーッホッホッホ」……――あれ? 私の中のお嬢様像が悪役令嬢すぎる……⁇)
「うん、考え直そっか? 今回はお忍びだからって気楽にした結果だよ。 授業でだって、先生が隣に立つことが少なくなったって言ってたじゃないか」
「それは、そうですけど……」
「ひた隠しにしてるわけじゃないけど、やっぱり外聞はよくないし、このままお忍びで行こうよー……アンナさんに怒られない程度でさ?」
後半部分は声をひそめ、リアーヌの耳元にズイッと顔を近づけささやくゼクス。
「――奇声はもうあげません……」
リアーヌはキュッと顔をシワだらけにすると、モゴモゴと言いにくそうに答えた。
そんなリアーヌの態度にクスクスと肩を揺らしゼクス。 やがて気をとりなおすようにパンッと自分の膝を叩き、向かいで少し気まずそうにしていたテオに向かい、ニヤリと口を開く。
「ってわけで黒真珠とピーコックは貰ってくからねー」
「……半分で手を打たねぇか?」
ヘラリと愛想笑いを浮かべたテオは探るような視線をゼクスに投げかける。
「――ご冗談。 大体おやっさんなら、この辺りの店から黒真珠かき集められんだろ? そこまで欲張るのはやめたほうがいいんじゃない?」
どこまでも貪欲なテオに、ゼクスは呆れたようにため息を吐きながら言った。
「商人ならこんぐらい普通だろうがよー……」
ぶちぶちと言いながらソファーに背中を預けたテオだったが、すぐさまその身体を起こすと、リアーヌに向かい少々照れ臭そうに鼻の頭をかきながら声をかけた。
「その……嬢はなんか欲しいもんあるか? ――正直、今回ばかりはこの店もやべぇんじゃねぇか、って思っててな? ――こんなに買ってもらえるとも思ってなけりゃ、売らずに自分で抱えてたほうが――なんて考れられるなんて思ってなくてよ? ――全部嬢のおかげだ」
テオはその耳や首筋までもほんのりと赤く染め、照れ臭そうに言葉を紡いでいく。
そして大きく息をつきながらヘラ……と笑うと「――ありがとうな?」と感謝の言葉を口にしたのだった。
「そんな、私はただ……いつものように思いつきを……」
真正面からストレートに感謝されたリアーヌは、嬉しそうにハニカミながらも謙遜の言葉を口にする。
ゼクスは照れ臭そうに笑い合っている二人の姿が、なぜだかとても面白くなくて、ムッとしながら口を開く。
「――いいんじゃない? リアーヌのおかげだって言ってるんだから、きっちりお礼の品もらっておけば? ……あ、あっちの奥にある金庫の中の真珠なんてどう?」
そうリアーヌに話しかけ始めたゼクスは、テオが座るソファーの後ろにある事務所のような場所を指差した。
これまでの取引から、その事務所の奥にはセーフルーム、万が一襲撃を受けても数時間耐え凌げるほど頑丈に作られた部屋と、その部屋の中に置かれた金庫、そしてその中に眠る少々の現金と――特別な相手にしか見せない貴重な真珠をしまっていると知っていたためだ。
「おい」
テオとて、子爵家のご令嬢に相応しい真珠を送るつもりではいたのだが、ゼクスが主体となって、貴重な真珠を巻き上げられるとなれば、抗議の声が出てきてしまうものだった。
「おやっさん、漢見せろってー」
揶揄うようにニヤニヤと笑うゼクス、テオはそんな取引相手に向かいに盛大に鼻を鳴らした。
(――あれ? 私真珠もらう感じになってる……? どうしよう。 正直、真珠にはなんの興味もないんですけどー……――普通のより、さっきの概念真珠のほうがよっぽど……――ん? あのビン、なんだろう……?)
リアーヌが見つけたのは、事務所の中の棚に並べられた茶色い薬瓶。
それを見た瞬間、ホワホワ幸せな気分になり、なんだかとってもそれが欲しくなってしまった。
(――見た目からして薬……? でもあの量だったら売り物な気がするけど……そもそもここは真珠の店なわけだし薬は……――必要なものにしろ、売り物にしろ、ここにあること自体がおかしいな……? え、あれなんだ?)
興味津々の顔つきでジッとビンを見つめ続けるリアーヌの視線に気がつき、ゼクスがそっと声をかける。
「……ちなみにあれは薬であって食べ物じゃないからね? まぁ、飲み薬だから口に入れられるんだけど……」
「え、あれ口に入れるものなんですか?」
「……食べ物じゃないって話だからね? 薬。 毒じゃない。 でも食べ物でもない」
そのゼクスの言い方が、小さな子供に言い聞かせるかのような口調で、リアーヌの自尊心を大きく刺激した。
ツンッと唇を尖らせながらそっぽを向いたリアーヌは「分かってますし!」と言い、チラリとゼクスにシセを流しながら続けた。
「私、あの薬が欲しかったんですもん」
「……――そっか?」
「そうですもん!」
(その生ぬるい“分かってるけどね……”的な眼差しやめて! あれが欲しくなったのは本当なんだから! なんで欲しいのかは私にも分かってないけど!)
「――確か美容にいいんでしたっけ?」
リアーヌの反応に笑いを噛み殺したゼクスは、テオに向かって確認するようにたずねる。
意地を張って本当にそれを求めそうなリアーヌに、どんな薬なのか知らせるかのように。
「ああ。 俺にはよく分からねぇが「飲んだ次の日は弾力が違う!」……らしいぜ?」
二人の会話に、リアーヌの目ががゆっくりと開かれその瞳がギラリと光る。




