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「――おやっさん、黒真珠は真円のものだけ全部仕入れる。 そうだな……一箱5銀貨でどう? うまくいけばこれからも仕入れるし、万が一他から言われてもうちが優先だからね? ――悪い話じゃないだろ?」
素早く話をまとめ出し、ポンポンとこちらにかなり有利な条件を出してきたゼクスに、テオは思わず「よし売った」と答えそうになる。
しかし心のどこかで警鐘が鳴り響き、テオは自分の口を必死に押さえつけた。
そしてジッとゼクスとリアーヌを観察して、その心のままに口を開いた。
「――俺にもかませろや」
テオの商人としての勘が、リアーヌの意見に乗ったほうがいいと、強く訴えかけていたからだった。
テオの言葉に、驚いたように目を見開いたゼクスだったが、すぐにその顔を悪ガキのような笑顔を貼り付けるとからかうように言い返した。
「――……でも縁起悪いよ? お客さん全員逃げちゃうかも⁇」
「それ以上に客が来るなら問題ねぇ。 大体、買わずに逃げ帰るならうちの客じゃねぇ」
「ははっ、そりゃそうだ。 ねぇリアーヌ、喪服に黒真珠がいいって話、なぜなのかもう少し詳しく教えて?」
(――なんでなのか……? え、そんな理由、私だって知らないんですけど……⁇)
ゼクスの言葉に思わずその顔を見つめ返すリアーヌだったが、ゼクスのニコニコとした笑顔に、とても「なぜかとかは知らないんですけど……」とは答えられず、必死に頭を回転させ始めた。
「えっと……あくまでも個人的な想像なんですけど――オニキスよりも付けてるぞーって主張できて、でも真珠の輝きふんわりした印象だから、悪目立ちしにくい……んじゃ無いですかね……?」
「……――そもそも葬儀に装飾品は有りなのかよ……?」
テオがこの国の常識にのっとり、当然の疑問を口にする。
それに対しリアーヌは自分の中の常識にのっとり疑問に疑問で返した。
「――え、付けないとか有りなんですか?」
「ええ……?」
「――リアーヌは無しだと思うんだ?」
「……だって、きちんとした身だしなみは最低限のマナーだって……」
リアーヌはそう答えつつも、不安そうに後ろに控えるアンナに(私そう教わった気がしてるんですど、合ってますよね⁉︎)と視線で疑問を投げかける。
しかしアンナがリアーヌになにかしらのアクションを起こす前に、ゼクスがリアーヌに向かい口を開き、その視線も引き戻す。
「――だよねぇ……? いくら喪に服すからって、マナー違反はよくないよねー⁇」
ニンマリと唇に弧を描きつつ、嬉しそうにリアーヌの顔を見ながら同意を求めるように首を傾げて見せた。
「――そう、思いますけど……?」
(少なくとも私は……)
リアーヌの答えに満足そうに頷いたゼクスは、再びニヤリと明らかになにか企んでいそうな笑顔を浮かべた。
「――はい。 ここに、喪服の時は質素にしなきゃいけないから……って黒真珠の購入を迷っているお客さんがいます。 さっ見事売ってみようか、店員さん?」
そう言いながら揶揄うようにリアーヌを見つめるゼクス。
「――また私が店員さんですかぁ……?」
イヤそうに顔をしかめ、口を引き結んだリアーヌにゼクスは慌てて、機嫌を取るように言葉を重ねた。
「見事売れたら特別ボーナスで真珠のアクセサリー一式、なんてどう? ビセンテの真珠って、品質が高いって結構評判なんだよ⁇」
「……でももう買っちゃいましたし」
(一式ではないけど、真珠は真珠だ。 ……それに私、水色パールがそこまで似合う顔立ちも色合いもしてないし……――付けるけど)
心底乗り気では無いリアーヌに、ゼクスはあまり切りたくはなかった手札を切ることを決めた。
「――……さっき行きたがってた、屋台街での飲食も許可します」
「たこ焼き⁉︎」
ゼクスの切った手札に見事に食いつくリアーヌ。
しかしゼクスは、背後に控えるアンナたちの気配が、ざわり……険呑に変わるのをはっきりと感じていた。
(やっぱり怒るよねぇ……? ――だけど、こっちもそう簡単には引けなくってねー……――ちゃんと見張ってたべ過ぎないようにしますので、今回ばかりは大目に見てください! ……元はと言えばあんな庶民丸出しの屋台料理に興味津々なリアーヌにも責任はあると思ってますよ、俺はっ!)
大きく息を吸い込み、ヤケクソのように満面の笑みをリアーヌに返したゼクスは、少し肩をすくめながら冗談めかして言う。
「食べ物の名前は返事に含まれないと思うけどー?」
「――……やりますって答えましたけど?」
リアーヌは若干の震えが含まれる声でウソを答えた。
「あ、俺の聞き間違いだったんだー?」
「そうですけど⁇」
視線を揺らしつつもシラッとした表情を浮かべながら、かなり無理のあるウソをつき通す。
(大体、今のは返事のつもりなんかじゃなかったし。 食べていいよって言われたから、えっじゃあ何食べよう⁉︎ ってなって、一番最初に思いついたのがたこ焼きだっただけだし! 食べたいものの名前が口からとぅるんしちゃっただけで、絶対に返事のつもりなんかじゃなかったしっ!)
「――そっかぁ? 引き受けてもらえたなら嬉しいなぁー⁇」
ゼクスがわざとらしい口調でそう言うと、向かいに座っていたテオがケラケラと笑い声をあげ始めた。
「ははっ お二人さん、いいコンビじゃねぇか」
「――そう?」
「ああ、お似合いだぜ? ほれ嬢ちゃん、たこ焼きのために真珠売ってくれや」
「ぬぅ……」
揶揄うようにそう言ったテオに、リアーヌは思い切り顔を顰めて見せ、そんなリアーヌの姿に、テオはさらに楽しそうな笑い声を上げるのだった。