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「――で? ドロップ型はどのぐらい用意できるって⁇」
ゼクスはテオに向き直ると芝居がかった様子で足を組み、ニコリと笑顔を向けた。
その質問にグッと言葉を詰まらせたテオだったが、一つ息をつくとその顔に好戦的な笑顔を浮かべてゼクスの視線を真正面から受け止めながら口を開く。
「買い叩かれるよりこっちで売った方が利益になるならこっちで売るさ。 坊だって商人だ分かってくれんだろ⁇」
「――あっそ。 ならそれでもいいよ? ……バロックが出てるのはどこも同じなんだろ? ――少しでも安く手に入るなら、取引先なんかすぐに変えればいいだけだ。 おやっさんだって商人だ、分かってくれるよね⁇」
自分の言い方までマネて答えるゼクスに、テオは苦虫を噛み潰したような顔付きになった。
そして、しばらく無言で見つめあっていた二人だったが、一分も立たないうちにテオが大きなため息を吐き出しながら項垂れた。
そもそも、本当に真珠が売れる保証が無い以上、ラッフィナート商会との取引をよそに奪われるほうがリスクが高く――なによりも、テオはリアーヌの話の続きが気になって仕方が無かった。
「分かったよ……降参だ。 あー……多分だが十箱以上になると思う。 ……見込み違いなら六か七箱に減るがな」
「――ずいぶん曖昧だね?」
テオの言葉に左の眉だけを器用に吊り上げて見せるゼクス。
またごまかされることを警戒しているようだった。
「ドロップ型だ、ハート形だ――なんて、今日初めて聞いたんだ。 ――他のバロックとの仕分けが無用だっていうなら三十箱だってすぐに用意してやるぜ?」
ゼクスの言葉を聞いたテオは、少々投げやりな態度で肩をすくめながら答えた。
「……なるほど?」
ゼクスはそう言葉で納得しながらも、まだ疑惑の晴れないに視線でテオを見つめる。
このゼクスの疑惑はある意味では的中していて、ある意味ではテオの言い分が正しかった。
ドロップ型という単語を知らなかったテオだったが、他のバロック真珠と比べると綺麗な部類に入る、少々歪んでいるだけの真珠だ。
使い方さえ工夫すれば普通の真珠のように見えるのではないか、と“まだ売れる部類の真珠”として、他のバロック真珠とは別により分けられていた。
――しかし、ドロップ型だけをより分けていたわけではないので、仕分けはこれからであり、その総数も大体のところでしか把握しきれていなかった。
ゆえに選り分けなければすぐに三十箱程度差し出せるという言葉もウソではなかった。
「――それよりもさっさと商談を進めようぜ?」
これからもラッフィナートとの定期的な取引を望んでいるテオは、ここでゼクスにヘソを曲げられるわけにはいかず、なにかをごまかすかのように明るい口調で言うと、ヘラリと笑ってリアーヌにチラリと視線を送る。
その視線の意図に気がついたゼクスは、少しだけ迷うようにこの部屋の中に視線を走らせたが、すぐに小さく肩をすくめリアーヌに話しかけた。
「……じゃ、リアーヌ説明の続きしてもらえるかな?」
ゼクスはリアーヌに申し訳なさそうに言いながらも、その視線や指先で黒真珠たちを指し示す。
(……もう良いの? テオさん「商談を始めよう」とか言ってたけど、本当に今でいいの⁇)
リアーヌは少し迷うようにゼクスやテオに視線を走らせ、小さな声で「本当に今説明します? 商談……?」と首を傾げて見せる。
その言葉にゼクスは小さく納得したような表情を浮かべ「あ、大丈夫大丈夫、おやっさんも気になってるみたいだし、ね?」
そう言いながらテオに話を振り、テオも貼り付けたような笑顔で大きく頷いた。
「――えっと、ですね……?」
(止められなかったんだから話していいんだよね……? 喋り始めてからイヤな顔するとかナシだからね……?)
「――あの緑がかった真珠はピーコックグリーンって……――呼ばれる地域もあるんです。 そこではあんまり数が取れないものなので、その希少価値から高級品扱いされてるものなんです……――って何かの本で読んだんですけど、私の勘違いですかね……?」
(……やっべぇ! これ元の世界の話……! この国の常識じゃなかった……! ――いや待って、私には西の島国設定がまだ残ってる! アウセレにあるかなぁ、ピーコック真珠……)
説明しながら、その知識の出所に気がついたリアーヌはヘラリと愛想笑いを貼り付けながら首を傾げ、勘違いかも……? という予防線を張る。
「希少価値……」
ゼクスは真剣な顔つきで色の濃い真珠たちを睨みつけるように呟いた。
「――ものは言いようだわな……」
テオは呆然とそう呟いたが、目や口元がゆるゆると緩んでいて、上機嫌なのだということは傍から見ても明らかだった。
(そもそもピーコック真珠の希少性とか全然なかったらどうしよう。 「いや……あの地方の真珠は殆どがこの色だぜ?」とか……)
――この国では、値段が付かなかったほどに不人気の真珠たちだ。 当然のことながらそんな事実は無い。
そしてどの地方――この世界中の全ての土地からしても、孔雀の風合いを持った真珠は非常に数が少なかった。
しかし、希少価値が高いということと、人が欲しがるということは、決してイコールでは結ばれない。
この世界での真珠の美しさとは、真円で白い輝きを持つもの――つまりは一番オーソドックスな真珠だけだったのだ。
色付きの真珠が好まれる場合もあるにはあったが、その風合いはゴールド系のような白から大きく外れないものであり、リアーヌが気に入ったティアドロップ型の水色のような、白から少々掛け離れてしまう色合いの真珠は、大粒で照り艶が良ければ売り物になる、程度であった。
そして、ことさら外聞を気にする貴族階級の者は、見向きもしないものだったのだ。
――つまり、色が濃く白から最も離れた所にある黒真珠やピーコックグリーンには商品価値など無いも同然だった。
――今までならば。




