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「……かかってる手間は例年通りなんだ。 にも関わらず出来た半分がそれなりの値段で買い叩かれるのはなぁ? ――いやこの商売、外せば大損ってのは分かっちゃいるんだけどな⁉︎」
(そうなんだ……)
相手が自然、そして生物である以上、それなりのリスクは覚悟していたテオだったが、それでも今まで通り培ったノウハウ通りやって、半分近くが売り物にならないという状況は受け入れ難いようだった。
「――嬢ちゃんはこの真珠綺麗だって言ってくれたよな……? だったら――」
「悪いけど」
テオが縋るような眼差しでリアーヌに向かい身を乗り出した所で、ゼクスがリアーヌの前に手を出し、テオに向かって大きな声を上げた。
そしてテオにキツい視線を送りながら一段と低い声で唸るように言う。
「それ以上は許さねぇよ……?」
「……すまん」
身を引いたテオは、気まずそうに首の後ろを撫で付けながら謝罪の言葉を口にする。
そんなテオの態度に、ゼクスは大きくため息を吐くと、元の位置に座り直しながら肩をすくめる。
「――ここに連れてきたのは俺だから、あんま言えた義理じゃないけど、俺のツレ食い物にしようってんなら、きっちり相手になるからねー」
そう言ったゼクスはテオに向かい、冗談めかしてニッと笑って見せた。
「すまねぇ。 もう言わねぇよ」
そう言ったテオは申し訳なさそうに頭をかきながらリアーヌに向かい頭を下げた。
「……私、この水色っぽいのティアドロップ型とピンクのハートっぽい形のやつなら買いますけど?」
(水色パールは絶対! この世界でも推しの概念アクセサリーがつけられるとは思わなかった! ――正直、元の世界にいた時から白くて丸い真珠にはあんまり興味なかったけど、水色のパール風アクセはたくさん持ってたよ! なんたってミヒャエリエス先生の推し色が水色だったからね! キャラカードや缶バッジだって水色のパールとかでデコってたんだから! 個人的に、だけどミヒャエリエス先生の概念宝石は水色パール! アクアマリン派の同志も多かったけど、私は断然パール派! しかも雫型とかもっともそれっぽい! ハートの形は……――個人的趣味! だってこの世界、ハートモチーフのシンプルアクセサリーとか、どこにも無いんだもん。 だからあれは普通に欲しい。 ……全部パールで統一されてて、でもこんなにカラフル! なんてアクサこっちじゃ全然見ないから、ここにあるやつまとめてネックレスとかにするだけで普通に可愛いと思うんだけど……この世界の美意識からいったら変なのかな……?)
「……――じゃ、そのティアドロップ型とハート型は買って帰ろうねー? あ、ついでにそういう形のは全部買い取るから」
ゼクスはリアーヌの反応から即決でバロックパールの取引を決める。
「……正規の値段でか?」
ゼクスの言葉にテオの目に再びギラリと光が灯り、商人らしい顔つきになる。
そんなテオにニヤリと笑ったゼクスは芝居がかった様子で肩をすくめる。
「多少の勉強はしてよー。 俺たちに売り渋ったって次の客なんかいないだろー?」
「む、ぅ……」
ゼクスに言い返す言葉が見つからず、ぐぬぬ……と唸り声を上げやがて「分かった……」と苦々しい声を絞り出した。
そんなテオに、ニヤリと笑った困ったゼクスは、身体ごとリアーヌに向き直ると、ゆっくりと慎重に質問を口にしる。
「――それでこのティアドロップはなににする? やっぱりイヤリングかな?」
「私はそのつもりでした。 これとこれとか綺麗な対になるなーって。 あー……水色のリボンや小さなアクアマリンとかと組み合わせたら可愛いものになりそうな気がします! ……あと――サファイアと合わせたら豪華になりそうですね……?」
推しの概念アクセサリーを作ろうとしていたリアーヌの頭に、フッと思い浮かんだ、小ぶりのサファイアの下に揺れる水色のティアドロップ真珠のイヤリング。
戸惑いながらも思い浮かんだままに口にした。
そんなリアーヌの様子にゼクスは少し目を見張った後、満足そうに頷くと、再び質問を重ねるていく――
「――じゃあさ? 例えば他の真珠はどう? これとか……色は白いし形も――半分は丸だし……売れそう?」
「……半分丸いっていうか……端っこ踏まれてつぶられちゃいましたーみたい形ですけど……」
「売れないかな……? ――こっちの角ばってるやつとか……」
「これは――」
そう言いながらゼクスの指差す真珠たちを見ていると、再びリアーヌの頭の中に個性的なアクセサリーへと姿を変えたバロック真珠たちの映像が思い浮かぶ。
(なんか、変な感覚……想像なのに実際に見たことある……?)
「あー……この踏まれちゃってるみたいなのは、同じような形のを見つけて――これでイヤリングとかでも素敵ですし、単品でペンダントトップとかにもなりますし……」
「ペンダントトップ……――」
「こっちのはこれだけ大きいんですから、ペンダントでも、これを真ん中に置いて他のバロックと合わせてネックレスにしても――ああ、これに他の宝石も合わせてカメオみたいな楕円のブローチとかもにしても素敵ですね?」
「――なるほどねぇ……」
リアーヌの意見に、ゼクスはニヤリと頬を引き上げた。
リアーヌほど明確にではないが、ゼクスにもこのバロック真珠が個性的なアクセサリーへと変身するビジョンが思い浮かんだようだった。
(――“他には誰も持っていないアクセサリー”というものを好む連中は意外に多い……それこそ貴族の中にもいる――そう言った連中に受け入れられれば、大きくはなくても多少の流行りにはなりそうだな……?)
「……なぁ嬢ちゃん」
リアーヌの出す案をジッと聞いていたテオがどこか期待するような眼差しでリアーヌに話しかけた。
「はい?」
「例えば嬢ちゃんが店員で俺が客だ」
「……はい?」
「嫁さんになんか土産でも買ってってやるかなぁー? おっ真珠! ……でもバロックかぁ……――ってなってる客にこの真珠を買わせようと思ったらなんて声かける?」
(迷ってる客に品物を買わせようってなら、そりゃあ……)
「旦那! お安くしときますぜっ! ……ですかね?」
「――うん。 それ多分そこまで安くならないタイプの声掛けだね……?」
隣に座っていたゼクスが吹き出しながらいった。
「うちの母さんは、そこをいかに値引かせられるかが主婦の腕の見せ所だって言ってました!」
「そんな強者、主婦にしといちゃダメだろ……」
「――まぁ今はバリバリ働いてますけど……?」
「――そうだったね……?」
リアーヌとそんなやりとりをしていたゼクスの耳に、わざとらしい咳払いが聞こえてくる。
ジト目のテオに見つめられ、話が脱線してしまっていることに気が付ついたゼクスは軽く肩をすくめると、キョトンとしているリアーヌを促すように声をかけた。
「それでその後は?」
「あと?」
「さすがに「安くしますよ!」「安いなら買います!」とはならないだろ?」
「……確かに? えーと……じゃあ、立ち止まってもらったら……「どうですこの真珠、形に難はあっても、この輝きは本物ですよ」……とかですかね?」
リアーヌの言葉にテオが面白そうにゼクスに視線を流し、ゼクスは自慢するかのようにニヤリと頬を吊り上げた。
ごくごく短い時間ではあったが、テオにはリアーヌの商才が充分に理解出来たようだった。