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「それは分かるけど、バロックじゃなぁ……」

「なんだよ、天下の大商会の跡取り息子が、そんな弱気でどうするよ? ここは一つ「俺がバロック真珠の流行を作ってやるさ!」ぐらい言えないもんかねぇ?」

「――言えないかな?」

「……王都じゃ色々手広くやってんだろー? こっちでもやってくれよー⁇」


 全く話に乗ってこないゼクスに店主は顔をしかめると、声をひそめ困ったように弱々しく言う。

 そんな店主にゼクスも弱ったように眉を下げながら肩をすくめた。


「そう言われても色々やってるのはラッフィナート商会(・・)のほう。 俺は今、別扱い中で……」

「んな言い訳が俺に通用すると思うなよ? ――坊、今年は本気でやべぇ。 俺んトコだけじゃねぇ、このビセンテ地方の真珠がおかしいんだ」

「――詳しく」


 店主が言った言葉にゼクスの顔つきが変わる。

 そして店主と詳しい話をするために場所を変えようとしたところで、ハタと気がつき、申し訳なさそう視線をリアーヌに向けた。


「あー……私宿に戻ってますね?」

「いや……その、嫌じゃなければ一緒に話聞いてくれない?」

「……私が聞いてもいいんです?」


(チラッと聞こえた感じ、深刻そうな話だったけど……?)


「――彼女も同席していいか? 最近手広くやってる特別アドバイザーの関係者でね」


 ゼクスの申し出にイヤそうに顔を顰めた店主にだったが“特別アドバイザー”という言葉が出た瞬間、目を見開いてニコニコと人好きのする気持ちのいい笑顔を浮かべて見せる。

 そして揉み手でも始めるのかという勢いで「もちろんよろしいに決まってるじゃないですかぁ」とリアーヌに愛想を振りまいた。


「おやっさん――店主もこう言ってるし……――なにかいいアイデア思いついたら教えて欲しいな?」

「……私、宝石のこととか詳しくありませんけど……?」

「――とりあえず移動しよっか?」


 不安げに眉を寄せたリアーヌだったが、移動を提案した笑顔のゼクスに背中を押され、その場を後にする。

 不満げな顔つきを隠そうともしないアンナと、相変わらず薄い笑いを貼り付け続けるオリバーを引きつれて。



 案内された先は、店が立ち並ぶ通りから少し歩いた倉庫街で、その中の一つに入っていく。

 木箱が並ぶ倉庫をずっと奥まで進み、階段を登った二階、そこに案内された。

 少々雑然としてはいるものの、おそらく商談に使うのであろうソファーセットが置かれている。


 リアーヌに同行していたアンナや護衛のオリバーは、倉庫の薄暗く見通しの悪い空間や2階の床に絨毯(じゅうたん)も敷かれていないことに、眉を跳ね上げていたが当のリアーヌは興味深そうにキラキラと輝く瞳で室内を見渡していた。


 普段ならば入れないような場所に入っているという背徳感。 そして、荷物だらけの倉庫の中を通り階段が見えてきた時には(なんか勇者になって冒険してるみたい! この階段を上がったら、ツボの中に回復アイテムとか戸棚の中の小銭とかもらえるんでしょ⁉︎)と、大興奮だった。

 そして上がってきた現在――リアーヌは脳内で(あの植木の下が怪しい……ゴミ箱は絶対探す場所……)と一人盛り上がっていた。




「つまり原因不明……?」

「そうなっちまう。 ……この商売、基本は開けてみなきゃ分かんねぇ博打見てぇなモンだってのは分かってるつもりだ。 だが――今回のはキッツイぜ……なにせ半分以上だ」

「そんなに⁉︎」


 この店主の話を総合すると、今年取れる真珠の半数近くがバロック真珠になってしまっていているということだった。

 そのため通常の真珠の価格を釣り上げなくては店が立ち行かないことという話も続き――加えて、どうにかこのバロック真珠をあ捌(さば)くいい方法はないものか? と、なんとか流行にすることは出来ないだろうか? という相談も多分に含まれていた。


「――解決策が見つからねぇなら今年の真珠は単純にいつもの二倍だ」

「……俺とおやっさんの仲じゃん?」

「――半分だぞ? 今まで通りでなんか売れねぇよ」

「だよねぇ……? ――リアーヌ、なにかいい案はないかなぁ?」


(えっ、ここで私に振る⁉︎ お店の商品が軒並みダメになったって話のまっ最中ですよね⁉︎)


「えっと……?」

「俺としてはこのバロック真珠がそれなりの額で売れれば、問題解決だと思ってるんだけどさー」


 そう言いながらゼクスはテーブルの上に並べられたさまざまな形、そして色のバロック真珠に視線を移す。

 先ほど店で見たものほど大きいものは無かったが、それでもどれもこれも作り物と勘違いしてしまうほど大粒のものばかりだった。


 ゼクスにつられるようにそんな真珠たちに視線を移し――少し首を傾げながら、声をひそめてゼクスにたずねた。


「……あの、バロック真珠って安いんですか?」

「え……――まぁ、安いというか……基本的に値段は付かない……かな? だって……誰だって綺麗な丸の方がいいだろ?」

「――これだけ大きくて、ツヤツヤのピカピカなら充分だと思いますけど……」


(通販番組で言ってたよ? 真珠の良し悪しは照りと巻きだって。 つまりはピカピカしてて巻きは……天然なら大きかったらすごいってことでしょ? この真珠たちはバロックでも、パーティーで皆が付けてるのと同じぐらいテッカテカなんだから……充分商品になると思うんだけどなぁ……)


「充分、かなぁ? ……こう、花園の時みたいに、こうしたらいいんじゃないかなー? みたいな案は浮かばない?」

「……私この真珠がそれなりのお値段だったら結構売れると思いますけど?」

「――……そう、なんだ?」


 リアーヌの言葉にゼクスがキラリと目を光らせる。

 そしてアゴに手を当て、頭の中で検討し始める。


 一人考え込み始めたゼクスに少し戸惑ったリアーヌは、キョド……と視線を揺らしながらも、出されていたお茶に手を伸ばすことで手持ち無沙汰を解消しようとする。

 そんなリアーヌの耳に、ため息混じりのボヤキが聞こえてきた。


「――それなりじゃ困っちまうぜ……?」

「えっ?」


 思わずその発言の主――向かいの席の店主に視線を向けるリアーヌ。


「あー……いや、そのな?」


 自分の独り言が意外に大きかったこと、そしてそれをリアーヌに聞かれてしまったことに気まずく思った店主――テオは、ごまかすよに愛想笑いを浮かべ、手を擦り合わせて見せていたのだが、すぐにガックリと肩を落とし、ポソポソと心の内を話し始めた。

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