110
◇
王家主催のダンスパーティーから数週間。
王都での挨拶回りを終えたビアンカは両親と共に早々に領地に戻ってしまい、リアーヌは少々味気ない夏休暇にを過ごしていた。
しかし今日はラッフィナート家が所有する馬車の中でキラキラと瞳を輝かせている。
「リアーヌ嬢、そろそろ港が見えてきますよ」
ゼクスのその言葉に、リアーヌは馬車の窓にズイッと顔を近づけた。
そしてそこから見える景色に、水面の輝く海を見つけパァッと顔を輝かせた。
「海だあぁぁぁっ!」
「お嬢様お声の方が……」
リアーヌに同行したメイドのアンナが声をひそめて嗜めるが、その言葉がリアーヌの耳に入ることは無かった。
「アンナさん! 海ですよ海っ! ふおぉぉぉぉっ」
この世界に来て初めて見る海に、リアーヌは興奮したそのままのパッションで歓声を上げたのだったが――
「お嬢様、奇声はやめましょう⁉︎」
ご令嬢的にはアウトな奇声と判断されたようだった。
本日はラッフィナート男爵家の領土である、サンドバルに向かうための中継地点、セハの港に向かっている途中だった。
ラッフィナート家の用意した馬車は豪華な上に特別な加工を施されているのか、事前に聞いていたような不便さも、座り心地の悪さもなく、リアーヌは(その気になれば走行中に爆睡することも可能だな……?)などと考える余裕もあった。
馬車での長旅ということで、リアーヌに同行しているのは、いつもリアーヌについてくれている侍女のコレットではなく、メイドのアンナだ。
(アンナさん的にはあれは奇声なのか……――まぁ、ヴァルムさんに見られたら咳払いされてそうだし……お嬢様的にはアウトっぽい気はする――なんか注意される時、声が一段階低くなるのヴァルムさんそっくりだったけど……さすがは親子って感じ)
アンナに注意され、神妙な顔つきを貼り付けて見せたリアーヌは、座席に座り直しながらこっそりと新しく付いたメイドを盗み見ながらクスリと微笑みを漏らした。
このアンナ、ヴァルムの娘であり、つい先日までは先代の子爵夫人――大奥様付きのメイドだった。
ボスハウト家の中で一番年若く、リアーヌとも年が近いということで、ゆくゆくはリアーヌ付きの侍女となる人物であり、そのためこうしてラッフィナート男爵家の領地視察に同行しているのだった。
そして、ボスハウト家側からこの旅に同行している人物がもう一人。
今は馬車の外で馬に乗り、馬車を警護しているオリバー・ハイツマンという人物だ。
この者はヴァルムの紹介でボスハウト家に雇われた、今回限りのリアーヌの護衛だ。
ヴァルムの紹介というのが信じられないほどに、どこかおちゃらけている人物で、言葉づかいも乱れがちなこの男性にリアーヌは勝手な親近感を抱き(――分かるよ! 貴族の言葉づかいって回りくどくってめんどくさいよねっ‼︎)と、仲間意識を芽生えさせている。
「予定よりも早く着いたから、宿に着いたら港町を見て回ろうか?」
海に興味津々なリアーヌのために、ゼクスは少しでも海が見られるようにと、言葉をかけた。
「ぜひ!」
(港町! 港って言ったら美味しいものの宝庫だよねぇっ! お刺身とかあるのかな? あーでも、塩焼きとかも絶対美味しい!)
――当の本人の興味は、海ではなく別のものにあるようだったが……
◇
宿屋に着いてしばらく休憩をしたリアーヌたちは港町をゼクスの案内で散策していた。
その途中でリアーヌの興味を大いに引いてしまった料理の数々からリアーヌを遠ざけるため、ゼクスは知り合いの真珠商の店になんだかんだと理由をつけ、リアーヌを引っ張りこんでいた。
「おおー……でっかぁ……」
リアーヌは目の前に並んだ大きく、不揃いなバロック真珠を見つめ、ため息をつくように呟いた。
ここセハの港近くでは真珠の養殖が盛んであり、当然真珠を売買する店も多かった。
その中でもこの店は一二を争うほどに手広くやっている店だった。
店に着いて早々「ちょっと挨拶させて? ごめんね?」と言いながら、ゼクスは困惑する店主を店の奥まで引っ張って行き「あのこに何か見繕って。 気にいるならどんな商品で構わない」と早口で伝えた。
その言葉にギラリと目を輝かせた店主は店中の目ぼしい真珠を並べ始め――リアーヌが大きく反応を示すのがより大きなものと素早く理解すると、大きさを基準に並べ替え――その中でも一際大きく、赤ちゃんの握り拳ほどはある巨大なバロック真珠にリアーヌは驚きの声をあげたのだった。
「気に入ったか、嬢ちゃん? どうだ坊漢気見してみろや?」
ゼクスに向かい揶揄うように言った店主はことのほか上機嫌にリアーヌを見つめた。
「――大きさと輝きがあっても規格外品ですよね? そうだなー……こんなもんで?」
ゼクスはそう言いながらリアーヌから見えないように手で隠しながらテーブルの上にあった算盤のような道具を動かし、値段を提示する。
「そう言うなって! 足りないのは形だけ! 大きさも輝きも申し分ないだろ! これつけて歩いてみろよ、目立つぜー?」
軽く躱したゼクスに、店主は冗談めかしつつも尚も食い下がる。
どうやらこの真珠は買い手がなかなか付かないもののようだった。




