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(……助けてもらえない理由なんか分かりきってるけどー……どうせ私が平凡顔でパッとしないギフト持ちだからでしょ⁉︎ ――でもさ? 皆、昔は優しかったじゃん! 私が主人公だった時はめっちゃ親切だったじゃんっ! 私覚えてるからね? 「邪推するな。 困っている人を助けただけだ」「悲しんでいる女性が目の前いて、それを見過ごせと言っているのか?」とか、最もらしいこと言って悪役令嬢たち蹴散らしてくれたじゃんっ‼︎ ――だったら責任持って、私 も 助 け ろ よ ! ……困ってますよー? 全力で困っている人がここにいますけどー。 見過ごしてるんですわー。 スルースキル、カンストかなぁー? ――最早、邪推でもなんでもなく主人公が可愛かったからだろ⁉︎ 話かけるきっかけにしただけじゃん! 邪100%の下心で助けてんだよなあっ⁉︎)
心の中で怒りを爆発させ、少しだけにスッキリとしたリアーヌはぺショリと机の上に突っ伏しながら大きなため息をついた。
「もー……これで二週間だよ……? いい加減ほっといてくれてもいいと思う……」
「あなたがさっさと派閥を決めてしまわないからよ」
リアーヌのぼやきにビアンカは読んでいる本から視線をあげもせずに、そっけなく答える。
「ですよねー……?」
ビアンカの言葉にリアーヌはゲンナリとした表情を浮かべながら答え、再びガックリと顔を伏せた。
――ことの始まりはリアーヌが奇跡的にAクラスに組み分けされたことだった。
家族やリアーヌ自身もなぜそんな好成績だったのか、父親のスキルでも働いたのか⁇ と首を傾げながらも喜んでいたのだが、自身の知らないところで、高位貴族のご令嬢たちのご友人候補にも合格していた。
そして――その声をかけてきた高位貴族たち、そのご令嬢たちの名前にリアーヌは覚えがありすぎた。
(ライバルキャラの取り巻きとか絶対にイヤ! どうすんの⁉︎ 「あなた主人公イジメてきて」 とか命令されたら⁉︎ 最悪、家族や大奥様にまで迷惑かけるじゃん‼︎ しかも私はお茶会断っただけなのにこんないやがらせされてるしっ! ――知ってたけど性格が悪すぎるんだよなぁ……)
「――そういえば、ビアンカは派閥とか入ってるの?」
「私は領地的に決まっているようなものですし、ギフト持ちでもありませんからね。 ここまで情熱的なお誘いは受けませんわ」
「ええー……同じ子爵なのにズルい……」
そう言いながら口を尖らせたリアーヌに、ビアンカはわざとらしく大きなため息をつきながら首を横に振った。
「同じだなんて……そんな迂闊なことばかり言っているからこんな目に遭っていると理解していて?」
「うぅ……」
リアーヌは理解しているのかいないのか、叱られた子供のように眉を下げて唇をキュッと引き結んだ。
ビアンカの指摘通り、リアーヌの家とビアンカの家は決して同じ子爵家では無い。
リアーヌの父親が当主を務めるボスハウト子爵家には領地と呼べる土地がなく、ビアンカの家であるジェネラーレ子爵家は広い領土を収める――いわゆる土地持ち貴族と呼ばれる家だった。
同じ子爵家であってもその違いは大きい。
もちろん、家同士のパワーバランスを決めるのはそれだけでは無いが、この違いはどんな貴族ですら理解している、明確な違いであり、そんな違いのある家同士を“同じ”と称する者に寛容である貴族も皆無に等しかった。
リアーヌはビアンカの顔色を伺いながら、小さな声で「ごめんね……?」と声をかけた。
そんなリアーヌに苦情を漏らしたビアンカは小さく首をすくめながら「気にしませんわよ」と微笑んだ。
ジェネラーレ子爵家長女のビアンカ・ジェネラーレ。
彼女は、リアーヌが喋る平民のような言葉づかいを面白がり、“同じ子爵家”と称しても寛容でいられる大変貴重な人物であり、スタートしたばかりのリアーヌの学園生活で得られた、唯一の友人であった。
◇
(自覚があるほどには、詰め込み式で勉強しちゃったからなぁ……こういう試験には出ない――常識というか暗黙の了解的な、明確なルールとして教科書に載ってるわけじゃないけど、皆がそうするもんだと思って生活してることとか……自慢じゃ無いけどチンプンカンプンよ)
教師が教科書を読み上げる声を聞きながしながら、リアーヌは内心でため息を漏らす。
現在のような状況になってしまっている原因もその辺りにあった。
たとえ悪気はなかったとはいえ、最初に高位貴族であるご令嬢たちへ失礼極まりない態度をとったのはリアーヌのほうだった。
リアーヌ自身はクラスメイトと楽しくおしゃべりをしていたつもりになっていたのだが、お茶会への正式な誘いを誘いとも思わずその返答をフル無視。 ビアンカの通訳により、お誘いであると認識したにもかかわらず大した理由も謝罪の言葉も添えずに拒否。
貴族社会――その中でも極めて上の世界で生きてきたご令嬢たちにとって、そんな仕打ちは許せる者ではなく、己のプライドと家の名誉にかけてリアーヌを下そうとしている真っ最中なのであった。
(最初はニコニコ話しかけてくれて、良い子たちだと思ったのになぁ……――そういえばあの時、ビアンカには「謝罪も無しにっ!」って怒られたけど……私ちゃんと最初に“悪いけど”って付けたと思うんだけど……――付けたぐらいじゃダメだったんだろうな……次の日にはこの飾りつけキャンペーン、スタートしてたし……)
ハハ……ッと乾いた笑いを浮かべたリアーヌは、すぐさま今が授業中だと言うことを思い出し、真面目な顔を取り繕ってそっと周りの反応を伺った。
教師も近くの席の生徒たちも気が付いていないのか、リアーヌのほうを気にしている者はいなかった。
――いなかったのだが、隣に座るビアンカから小さなため息が聞こえて気がしたリアーヌだった。
(……その反応、ちゃんと授業を聞いていなかったことバレてますね……?)
案の定、その日の昼食時チクリと嗜められるリアーヌの姿があったのだった――
大食堂で昼食を食べ終わり、程よく日が当たり、程よい風通しのいいベンチに移動した二人は、取り留めのない会話に花を咲かせていた。
「あっそうだ!」
そんな中、リアーヌが急に何かを思い立ったかのように顔を輝かせて声を上げた。
「急になに?」
「ビアンカの派閥に入るってどう⁉︎ いい考えじゃない⁉︎」
「冗談じゃないわよ……火の粉ぐらい自分で払いなさいな」
「えー……? いい考えだと思ったのにぃ……」
そっけなく拒否され、リアーヌはガックリと肩を落とす。
(だれか火の粉の払いかた、教えてくれないかなぁ……)
リアーヌはその脳内に家族やヴァルムたちの顔を思い浮かべ、すぐさまかき消した。
――現在16歳でも日本で生きた記憶もあるリアーヌ。
こんな可愛らしいいやがらせ如きで、親に泣きつくのは、なんだかものすごく情けないことのように感じ、なかなか言い出せずにいた。




