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夏に王城で開かれる、大規模なパーティー。
その年の社交シーズンのスタートを告げるとも言われている、貴族たちにとって重要なダンスパーティーなのだが――
主人公たち――ゲームのストーリーから見ても重要なパーティーとなっている。
このパーティーにやってきて、一人ぼっちになってしまった主人公。
右も左も分からず、義両親を除けば知り合いらしい知り合いもいない彼女は辺りを見渡し、パーティー会場に並べられたご馳走を見つける。
そしてウキウキでその料理をパクつき始める主人公。
そんな奇行に走った彼女を、数多くの人物が遠巻きに見つめる中、彼女に近づき声をかける人物が一人――
それは攻略対象者の一人で、これまでの行動の結果、主人公に対して一番好感度が高い人物と決まっていた。
そして差し出された手を取り、ダンスを披露する二人――
(――どう考えたって恐怖でしかない……攻略対処者はゼクス以外婚約者がいて、絶対にその人をエスコートしてきてるはずなのに、ファーストダンスを主人公に申し込みに行くとか……ーーそりゃ私だってゲームしてた頃は「ダンス踊ったからなに⁉︎ そんなことくらいで文句言って心の狭いやつっ!」とか文句言ってたけど……――ごちゃごちゃ言うところなんだよ……普通に白い目で見られる事案だよ……――だってこういうダンスパーティーって、事前に誰と踊るかとか、ほとんど決まってるんだもん……)
そんなことを考えながら、まだ誰も知り得ない未来を思い、こっそりとため息を漏らした。
――こういった、注文されるべき大きなパーティーでは、国中の貴族が集合すると言っても過言ではない。
そんなパーティーで、誰からもダンスに誘われない、誘いを受けてもらえない、だなんて不名誉はあってはならない。
そのため、各家、事前に数人のお相手を見繕っておくのは、もはや常識といえるほどの行為だった。
そして、それが婚約者持ちの高位貴族ともなれば、妙な噂の的にならぬよう、突発的に当日いきなりダンスに誘う、受けるなんてことは避けるのが常だったのだが――
(あいつら全員、ガッツリ自分から誘ってたよね……? ――しかも結婚相手や婚約者と踊ることが暗黙の了解になってるファーストダンス。 ……そりゃ婚約者は大激怒でしょ。 その場で「誰よその女!」って叫んだって周りが理解を示すレベルだよ)
こういったダンスパーティーでは、パーティの開始の曲はホスト夫妻――今回であれば国王陛下と王妃殿下が踊り、その曲の途中からその家の嫡男、その他の兄弟、親戚筋――と続いていく。
――つまり、ダンスを踊る順番が格付けになっていると言っても過言ではない。
そんなダンスパーティーの場において、エスコートしてきた婚約者を放り出し、その場にいた女とファーストダンスを踊り始める――常識的に考えて、あり得ない行為だった。
そしてそれは二曲目三曲目も同様で、パートナーと踊った後は、親戚や知人からの紹介、婚約者の親戚など婚活中の者たちのお相手を務める。
――ルールやマナーなどでは決してないが、ここでも踊る順番が重要視されていた。
繋がりを強く望む家や者であればより早く、付き合いや義務であるならば少しずつ後ろにまわす――
それほどまでに貴族たちにとってダンスを踊る順番は大切なものだった。
予 ダンスの予定をこなして終えれば、友人知人、密かに思いを寄せる相手や憧れの君など自分から誘いをかける者たちも出てくるが、婚約しているのであればそれは自分や自分の家がこれから繋がりを持ちたい相手の人間であったり、婚約者の家のために繋がりを――という場合がほとんどだった。
王家主催で絢爛豪華、有名楽団の生演奏でのダンスパーティーとはいっても、ダンス自体を楽しんでいる人物など、この場には存在していないと言っても過言ではないのが現実だった。
――これは王家主催のダンスパーティーであると同時に、その年の社交シーズンの始まりでもある。
他家に出し抜かれるわけにも、笑いものになるわけにも行かない場だった――
(――主人公は速攻ウワサの的だったけどねー。 ――大体その元凶は攻略対象者のほうだっていうのに、どいつもこいつも婚約者に向かって「恋愛感情は無い!」とか言っといて、結局くっついて? よくもそんなたわごとが言えたもんだと……)
そこまで考えて、静かに息を吐き出したリアーヌの背中に声がかかる。
「リアーヌ嬢、お待たせしてしまいましたか?」
「――いいえ。 ちょうど今息が整ったところですの」
ドギマギしながらも、それをなんとか笑顔で隠しつつ振り返る。
声をかけてきた人物はボスハウト家の親戚すじの男性で、水面下でザームとの縁談の話が進んでいる家の嫡男だった。
リアーヌはニコリと笑いながらあらかじめ用意していた答えを口にしながらニコリと微笑む。
そして男性の差し出した手にゆっくりと自分の手を重ねた。
(――これが終われば休憩! この一曲が終われば避難所‼︎ さぁ、上がれ私の口角っ!)
フンスッと鼻息も荒く気合を入れて口角を上げたリアーヌは、ヒクッ……と頬を引きつらせそうになった男性と共にダンスホールへと歩いてゆく。
◇
王城内、休憩所の一室――
部屋の壁際には大きな鏡がずらりと並べられていて、その近くにはさまざまなクシや顔の脂をおさえるための紙、おしろいなどが数種類並べられていた。
そして入り口近くには軽い軽食や小さめのデザート、飲み物が置かれた小規模のビュッフェがあり、そこには数人のメイドが控えていた。
それ以外の場所には大小さまざまなソファーやテーブルが置かれていて、一人で休みたい者やグループで休みたい者たちが好きに使えるようになっていた。
ここは場所の特性上、この中で見聞きしたものは他言無用という暗黙のルールが存在している部屋でもあり、リアーヌにとっての天国とも言える場所であった。
主にダンスに疲れた女性が休憩したり、ダンスの後に髪や化粧をチェックしたり……しつこい男性から非難できる場所でもあったので、緊急時以外は男子禁制。
(一応、ゼクスのパートナーってことで参加してるけど、あっちも初めて男爵としての参加だから、足手まといはそばにいない方がいい。 だから今日はファーストダンスだけの現地集合現地解散パーティー……――思いの外快適。 親がいれば注目も話も全部そっちに行ってくれるし、そもそも私は添え物だってみんな理解してくれてるし――正直、毎回これでいい……いや毎回これがいい……)
そう思いながら、一口サイズのケーキを口の中に入れ、その美味しさにうっとりと表情を崩す。
そんなリアーヌに近づく人物が一人――
「――最近ずいぶんとご活躍のようじゃない?」
そう言いながら隣に腰をかけたのは、光沢のある青いドレスを身にまとったビアンカだった。
「――活躍? ……それほどでも⁇」
ビアンカの言葉にキョトンと目を丸くしながら首を傾げる。
そんなリアーヌの態度に、ビアンカは呆れたように笑いながら、手にしていたシャンパンで唇を湿らせてから口を開いた。




