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「――うちには食べ盛りがいますし……」
そう言ってリエンヌは、未だにガツガツと料理を頬張っているザームに、チラッと一瞬だけ視線を流す。
困ったように笑いフリシアに向き直ると「きっと、もっとずっと大きな布袋でも三日もかからず食べ尽くしますよ……」と、肩をすくめた。
その言葉を聞いたフリシアはその瞳をキラキラと――否、ギラギラと輝かせると「売るだなんて! あたしらはもう家族じゃないかっ! タダでドーンと十袋、持って帰りなぁっ!」と、啖呵を切るかのように言った。
「タダで⁉︎ あー……いえでも悪いですし……」
喜色に顔を染めたリエンヌだったが、心の中のヴァルムが眉を吊り上げたのを感じ(一応貴族ですものね、やっぱりタダで貰うのはダメね)と、残念そうに眉を下げながら答える。
「遠慮しなさんな!」
フリシアは前のめりになりながらリエンヌに返した。
この時フリシアの脳内では、あるプランが組みあげられていた。
そもそもとして、クランベリーを売ることを渋っているのは、一部店舗の店長たちだった。
その者たちが示し合わせ、安全面を理由に店に置くことを拒否していたのだが――
フリシアはこれがたまらなく面白くなかった。
理由は簡単で、これがグラントやクラウスの号令下で行われたことならば、店長たちはなんの文句もなく従ったであろうことが容易に想像がついたからだ。
――つまりこれは、フリシアにとってはすでに慣れてしまった、店長たちからの嫌がらせていや、嫁としてラッフィナート商会に入ってきたフリシアへのマウント行為の一つだった。
おそらくこのまま行けば、いつものようにグラントかクラウスが間に入る――もしくは、自分が店長たちをヨイショして周り彼らの気分を良くしてやるかしなければ話は先に進まなかっただろう。 最悪の場合は本気で廃棄するハメになっていた可能性もあった――リエンヌたちが現れなければ。
これでリエンヌにクランベリーを持ち帰ってもらうことが出来れば、あの大量のクランベリーたちが、ただの訳あり品から、子爵家夫人が――しかもゼクスの婚約者であるボスハウト家の女主人が十袋も欲しがる品質の訳あり品に激変するのだ。
そうなってしまえば、いくらラッフィナート商会の重鎮だとはいえ、一平民が安全面を理由に店に置かない、などとは口に出来ない。
――つまりはリエンヌにこのクランベリーを持ち帰ってもらうことさえ出来れば、フリシアの大勝利が決定すると言うことに他ならなかった。
「でも……流石に十袋もタダにしていたただくわけには……」
「多すぎたなら五袋でも……」
「いえ、量はもっと多くても」
「えっ……?」
さらりと言ったリエンヌの言葉に、フリシアは一瞬状況を忘れて目を丸くする。
「――食べ盛りがいるもので……ーーけれど、無料で商品を貰うとなると、少々問題がありますから――そうですね二十袋買いますから一袋二割までまけてくださらない?」
そう美しく微笑んだリエンヌをしばらく呆然と眺めていたフリシアは、やがてプッと噴き出すと、お腹を抱えて大笑いし始めたのだった――
部屋の奥からは、酒の入った父親たちが酒を取った取られたと大はしゃぎしていて、少し離れたテーブルからはフリシアの大きな笑い声が聞こえ――リアーヌは笑いを噛み殺すように口を動かし、続々と運ばれてくる料理にキラキラとしたまたざしを向けている弟を見つめた。
「うまっ⁉︎ なぁこれもう一皿――いや三皿もらえる⁇」
「さっ⁉︎ えぇと……確認して参ります……」
「お願いしまーす!」
まだまだ食欲旺盛なザームは、勢いよく食事を続けながらメイドを困らせたりしていて――
そんな光景を改めて一つ一つ確認したリアーヌは、内緒話をするように少しゼクスの方に身体をかたむけ、内緒話をするように口元に手を添えた。
そんなリアーヌに気がついたゼクスも耳を近づけるようにリアーヌの方に少し体を傾ける。
「……無礼講って思ったよりも騒がしいんですね?」
「――……多分この無礼講は特別なんじゃないかなー……⁇」
ハハ……と、乾いた笑いと共に紡がれたゼクスの言葉に、リアーヌは「えっ?」と目を丸くするが、引っかかるものはあったのか、すぐに納得したように「あー……」と、小さな声を漏らした。
(そりゃそうだよね? いくら無礼講だからって、ザームのあの対応が他の貴族に許されるとは思えないし――そもそもパーティーで賭け事とか絶対ダメでしょ? ……母さんたちの笑い声くらいは許されて欲しいけど……――むしろ無礼講じゃなくても許されて欲しい、切実に)
そんなことを考えながら部屋を見回していくリアーヌ。
改めて見る自分の家族やゼクスの家族、その全員がとても楽しそうに笑っていて――
リアーヌはそんな姿を見て、自然と顔を綻ばせていた。
「――でもみんな、とっても楽しそう」
「……まぁ、そこだけは良かった、のかな?」
そう言いあった二人は顔を見合わせ、ふふふっと笑い合った。
心がポカポカするようなそんな幸せな時間に、リアーヌが照れ臭そうに視線を伏せた時だった。
「姉ちゃんデザートだ! 食べるだろ⁉︎」
と、興奮したようなザームの声がかけられた。
「今なんかすごいいい感じの空気……――えっなにそのケーキ、めっちゃ美味しそう!」
初めは呆れたようにザームに視線を投げたリアーヌだったが、ザームの前に出されたケーキに一瞬で瞳を奪われた。
「――うん、こっちにも貰える?」
ゼクスがなんだか疲れたような顔つきでメイドに声をかける。
その言葉にリアーヌがキラキラとした瞳をゼクスに向けると、困ったように肩をすくめたゼクスは「好きなだけ食べな」と声をかけた。
そんなゼクスの態度に(なんだかデートの時みたい……)などと感じてしまったリアーヌは、自分の頬が熱くなっていくのを感じ、パッとゼクスから顔を背けた。
「――リアーヌ?」
「あ……や、あの……――結果的にみんな仲良くなれて、良かったねですよね⁉︎」
赤くなっているかもしれない自分の顔をごまかすように、リアーヌは身体をひねり部屋の中を見渡しながら言った。