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「そうですか?」
フリシアの声に、キョトンとした表情を浮かべながら、不思議そうに首をかしげるリエンヌ。
「あたしゃそう思うね! ――遠慮しないで食べな!」
淑やかな貴族のご婦人と見まごうばかりのフリシアであった人物が、鼻息も荒く少々乱暴な仕草で、テーブルの上に乗っていた布袋から乾いた赤い実を鷲掴むと、強引にリエンヌの手に握らせた。
「あらあら……」と困ったように笑うリエンヌだったが、その手はしっかりとその干した実を受け取って、なんの躊躇もなくそれを口に運んだ。
「――あらこれ美味しい」
「気に入ったかい? ――そいつはこのあたしがタダで手に入れた干したクランベリーさ」
「タダで⁉︎」
「こいつを管理してた所がずさんでね? せっかくの商品をカビさせちまったんだよ。 こいつはその倉庫に一緒に保管されてた。だから元々の取引相手がカビたもんと一緒に保管されてた食いもんなんか買えるかっ! て怒っちまってね?」
「――まあ……知ってしまったら正規の値段では買いたくないですね?」
「あたしゃそれをタダまで値切った――どうやったか分かるかい?」
「そうですね……――置き場所が倉庫なら……『今ならすぐに引き取ってやってもいい』――ですかね?」
「あははっ やっぱり切れ者だねあんた、 その通りさ! 『さっさと空にして消毒したいだろう? ゴミだって捨てるとなったら人手がかかる――人手がかかるなら余計に金がかかるぞ』ってね⁇」
「お上手!」
「だろう?」
満面の笑みで絶賛するリエンヌに得意げに胸を張り、鼻をつんと高くして見せるフリシア。
しかし次の瞬間顔を顰めると、忌々しそうに言葉を吐き捨てた。
「――あたしがそこまでしたっていうのに、店に並べた途端、やれ安全が、衛生が、って文句ばっかり並べやがって……じゃなにかい⁉︎ これを全部捨てろっていうのかい⁉︎ こんなに普通でなんの変哲もないものを⁉︎」
「もったいない……」
眉をひそめそう呟いたリエンヌに、くわりと目を見開いたフリシアが詰め寄り、ガシリとその手を取った。
「そう! その通りさ‼︎ これはれっきとした商品なんだよ! 売れるものを売って何が悪い⁉︎ なんでもっと単純に考えらんないんだろうね? 使えるものは使う、食えるもんは食う! 売れるもんは売る‼︎ あたしらは商人さ、金儲けして何が悪い⁉︎」
フリシアの言葉に、同意するようにウムウムと大きく頷くリエンヌ。
そんなリエンヌにウムッと一つ頷き返し、プリシアはようやくリエンヌから手を離した。
そしてお茶を一気にあおり、喉を潤す。
「なのにうちの連中ときたら……やれ安全がどうの、人目がどうのって!」
忌々しそうにそう言うと、再び布袋に手を突っ込みクランベリーを鷲掴むとそれをそのまま口に放り込んで、苛立ちをぶつけるように力強く咀嚼する。
「……もしかして何も言わずにそこそこのお値段で売ろうと……?」
フリシアの言葉に少しだけ考え込んだリエンヌは、声をひそめながらコソリと尋ねる。
「まさか! あー……いや、カビちまったもんと同じ倉庫にあった――とは説明してないが、訳あり品でタダで引き取ったもんだ。 通常の三割程度でも儲けは出るから、そのぐらいの値段で売り出す予定だった」
「――なるほど。 これは実際カビてもないですし、美味しいですし……定価の三割ならうちでも買いたいくらいです」
そう言いながらリエンヌはクランベリーをパクパクと口に運ぶ。
(冗談抜きで本当に買えないかしら……?)と考えながら。
「だろう⁉︎」
「訳ありだと明言して三割程度なら、なんの問題もありませんよ。 それに、そんなにそこが気になるなら、ラッフィナート商会のような雑貨店ではなく、きちんとした専門店で買えばいいんです」
ラッフィナート商会の強みは、流通速度だったが、広大な販路を活かした大量発注、大量買上げを行い、原価を抑え、質の良いものを他よりも安く売るという強みもあった。
つまりは現代で言うところのディスカウントショップのような側面も持っていたのだ。
もちろん雑貨店なので日用品や消耗品も置いているが、そんな激安の目玉商品に釣られてラッフィナート商会に足繁く通うものたちも、決して少なくはなかった。
――ラッフィナート商会は、そんな顧客を満足させ続け、ここまでの成長を見せた店なのだ。
そして今回、フリシアはその目玉商品の一つにこのクランベリーを使おうとして、「不衛生だ!」と、誰かの反対を受け、こうも“おかんむり”なのだ。
しかしそれも当然のことで、フリシアが仕入れたクランベリーは相当な量で、それこそ廃棄だ、などということになれば、捨てる手間だけでもちょっとした……いやそれなりの痛手になるほどだった――
「その通り! アンタやっぱり分かってるねぇ‼︎」
リエンヌの言葉にパァン! と小気味いい音を立てて手を叩くと、フリシアは上機嫌でリエンヌを指差しながらはしゃぐように言う。
しかし次の瞬間、大きくため息をついて肩を下げてしまった。
「――……こんなこと、あたしが言っちゃいけないんだろうがね? 出すもんを出し渋る連中から金を吸い上げたいなら、品質や安全に気を使ってる場合じゃないんだよ。 そもそも“安全じゃないかもしれない”で商品を捨てようだなんて……」
「えっ⁉︎ あの、捨てるくらいなら下さいません?」
「……え?」
その言葉にフリシアは気の抜けたような声を上げ、リエンヌを凝視する。