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「――これめっちゃうめぇぞ。 姉ちゃんも食うか?」
同時刻、同じ部屋の別テーブル。
サージュたちがソファーセットのほうでポーカーを楽しんでいるのに対して、ダイニングテーブルでいまだに食事を続けていたザームがモゴモゴと咀嚼しながらリアーヌに話しかける。
「一応、口に物入れて喋るのはやめとこう……?」
「なに言ってんだよ? 今日は無礼講なんだろう⁇」
「そう、なんだけどぉ……」
(無礼講ってそういう無礼も見逃してもらえたもんだっけ……? いや、ダメだった気がするけど……――向こうじゃ、父親同士が賭けポーカーとかしてるし、それに比べたら可愛い無礼……?)
――本来の無礼講は、堅苦しい礼儀作法を省略し、身分差を気にせず喜びや悲しみを分かち合おう、という場において宣言されるものであり、決してそれ以外のマナーや周りに対する配慮を怠っても構わないという意味合いなどどこにもないのだが、ここに来るまで、そしてここに着いてからも頻繁に聞いた「今日は無礼講だしな」「本日は無礼講なので……」という言葉から、ザームはなにをしても構わない日なのだと勘違いしていた。
そして、本来ならば弟の勘違いを正さなくてはいけなかったリアーヌの方が、ザームの言葉に説得されようとしていた――
「……――とりあえず、今日はいいんじゃないかな……? あ、お茶のおかわりいる?」
リアーヌの隣で、ことの成り行きを見守っていたゼクスは、笑いを堪えるようにモニョモニョと口を動かしながら何かをごまかすようにリアーヌに話しかけた。
「あ、私は――」
「俺欲しい」
ゼクスの問いかけに、姉の言葉を遮って答えるザーム。
自分が喋っていたところを遮られて頭にきたのか、リアーヌはムッとした顔をザームに向けた。
ザームはヒョイっと肩をすくめると「無礼講だろ」と言い、再び食事を始めた。
(ウソだろ……――まさか私がこの短時間で無礼講が嫌いになりかけている……だと⁉︎)
憎たらしい弟の言動に、リアーヌは自分の心の変化に驚愕し、大きなため息のあと、目の前のザームに向かい、んべっと舌を出して少しの溜飲を下げた。
その瞬間お茶をおこうとしていたメイドと目が合い、キリ……と動きを止めるリアーヌとメイド。
「あー……そこ置いといて?」
気の毒そうな笑顔を貼り付けながらゼクスはメイドにそう声をかけた。
「あのフルーツも食っていい?」
「――どうぞ?」
「あんた……そんないかにも飾りのために置いてますってもんまで……」
ザームが指差したのは、金の細かい細工が施された果物皿に盛られた色とりどりのフルーツたち。
盛られているだけなので、当然皮もそのままならば切れてもいない――
ただ、これでもかと磨かれ続け作り物のようにテカテカとした輝きを放っていた。
(ゼクスかメイドさんに頼めばもっと食べやすくて、綺麗に飾られたやつが出てきそうなもんだけど……)
「だってこんな時じゃねぇと、あそこに乗ってるのなんて、手ェ出せねぇぞ?」
「――確かに……?」
再びザームに説得されたリアーヌは、そのまま無言でねだるような視線をゼクスに向ける。
「……――どうぞ? ってか……俺も食べちゃおー」
肩をすくめながらヘラリと笑ったゼクス。 そう言いながら果物カゴに手を伸ばした。
ザームの言葉がゼクスの心の琴線にも触れたようで心の中で(この機を逃したら、一生食えずに終わるかもな……?)などと考え、リンゴやマスカットに手を伸ばす。
そしてその姿を目で追っていたザームと目が合うと、お互いにニッと笑ってからザームに向かってリンゴを放り投げる。
ザームのほうも慌てることもなくそれを片手で受け取ってガブリと齧り付く。
――つい最近開かれた狩猟大会にそろって参加した二人は、無言であっても意思の疎通が出来るほどには、打ち解けたようだった。
マスカットを手に席に着いたゼクスは、使われていなかった取り皿を一枚取り、そこにマスカットを置いてリアーヌと自分の間に置いた。
「んー……普通。 でもこれ美味いリンゴだ」
早速リンゴに齧り付いていたザームは納得したように小さく頷きながらムシャムシャとものすごい速さで食べすすめていく。
そんなザームにリアーヌとゼクス顔を見合わせて、呆れたようにクスリと笑い合う。
そして二人同時にマスカットに手を伸ばして、そこから一粒もぎ取ると、同じような動作で二人仲良くパクリと口に放り込んだ。
(――うん。 大きくて新鮮……ちょっとぬるいけど……――まぁ……普通。 高そうなマスカットだけどー)
リアーヌはモゴモゴと咀嚼しながら、ザームと似たような感想を持った。
そしてそんな自分にクスリと笑いが溢れる。
同時に隣からも小さな笑い声が聞こえ――
自分と似たような苦笑をもらしているゼクスと目があった。
その瞬間、同時に「プッ」と吹き出し、肩を震わせてクツクツと笑い合う二人。
(お高いフルーツは食卓の飾りにするんじゃなくて、ちゃんと冷やして美味しくいただくのが一番なんだなぁ……)
「いやー、えらい! アンタはえらいよ‼︎」
リアーヌたちが肩を震わせている背後、ソファーでリエンヌと共にお茶を楽しんでいたフリシアが突然大きな声を上げる。
――しかしこの部屋の中にそれに驚くような者は、もはや一人としていなかった。
あらかたの商談が終わり、この三組に別れた辺りから、クライスたちが集まる場所から、勝った負けたという雄叫びが聞こえることも、ザームが大声でおかわりを要求する声も、フリシアたちの席から、楽しげな笑い声や少々大きな声が聞こえてくること、これら全て、当たり前のことになりつつあった。
最初はお互いがお互いの声に迷惑そうな顔を向けていたが、次第にその喧騒に慣れ出したのか、もはや給仕をしている使用人たちまでもがスルー出来てしまえるほどには当たり前のことだった。




