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「……――リアーヌはどう思う?」
そう問いかけられた瞬間、リアーヌはその食事会がとても楽しいものになる気がした。
サージュは楽しそうにグラントやクライスと、顔を寄せ合い肩を組み合いながら笑い合っていて、リエンヌはフリシアと真剣な顔つきで何かを話し合っては、時折クスクスと楽しげに笑っている。 そしてザームは好きなだけ食べ物が食べられてとても幸せそう――そんな光景が頭にふっと浮かんだのだ。
「えっ? あー……楽しそうな気がします、けど……?」
やけにリアルな想像に、動揺したように視線を揺らすリアーヌだったが、ゼクスはその様子に満足そうに微笑むと父親に視線を移した。
「――俺は、少々の無礼には目をつぶって、率直に言葉を交わし合うほうが、充実した時間を過ごせると思いますけど?」
「――……子爵様の許可が貰えれば、の話だがな」
クライスは、なんとしてもゼクスにその提案を撤回させるつもりだったのだが、自信満々な息子の態度と、息子から聞いていたリアーヌのギフトの中に『豪運』というものがあったことを思い出し、不満そうに顔をしかめながら渋々といった体で、鼻を鳴らしながら答える。
しかしその後は自分に非難の目を向けてくるグラントたちをジェスチャーと視線で宥め、ゼクスにアゴをしゃくって見せた。
その動作はまるで「そこまでいったなら好きなようになって見せろ」とでも言っているかのようだった。
「――無礼講になる感じですか?」
リアーヌは首を傾げながらゼクスに確認を取る。
(ゼクスのお父さん、めっちゃ反対しそうな感じだったのに、急に許可を出すじゃん……? ――許可だよね? それともうちの父さんが許可かなんか出すわけないって思って適当に話を合わせてる……?)
「リアーヌは無礼講とそうじゃないのどっちがお好みだい?」
「断然無礼講ですね」
(だって無礼講って、全部の無礼に目を瞑ってもらえるんだよ⁉︎ どれだけやらかしたって大丈夫! だって無礼講だからっ! ――全てのパーティーが無礼講ならいいのに……)
「リアーヌならそう答えてくれるって信じてたよ」
(えっ、なにそれ。 めっちゃ不本意な信じかたしてくるじゃん……――まぁ何回聞かれても無礼講を選ぶんだけど)
ゼクスの言葉ににゅっと唇を尖らせるリアーヌ。
そんなリアーヌにゼクスは小さく吹き出し、クツクツと肩を揺らして笑うのだった。
「――よろしいのかしら……?」
フリシアが小さく首を傾げながら、確認するように疑問の言葉を口にする。
「子爵様の同意が頂ければ、と言う前提ですからね。 よろしいと思いますよ? ねぇ?」
「――そうですね。 それで大丈夫だと思います」
(ただし、許可を出すのは父さんじゃなくてヴァルムさんなんだろうけどっ!)
◇
「だあぁぁぁっ! もう一回だ、もう一回‼︎」
ラッフィナート邸のリビングに響き渡る、クライスの喚き声。
頭を抱えテーブルに突っ伏したクラナスは、ガシガシと頭を掻きむしる。
そして徐に顔を上げると、いまだに持っていたトランプを少々乱暴にテーブルに叩きつけ、空になっていた自分のグラスに酒を注いで一気に煽った。
「おおー。 いい飲みっぷりだねぇ」
そんなクラナスに向かってからかうよう笑いながら声をかけたのは、リアーヌの父でボスハウト子爵家当主、サージュ・ボスハウト。
――つまりは今日、この日がボスハウト家とラッフィナート家の顔合わせの日であり、無礼講での食事会の日であった。
無礼講だからと挨拶もそこそこに幾つかの商談を取りまとめ、無礼講だからと食事もそこそこに商談成立の祝杯を上げ、すっかり上機嫌になった親父たちはカードゲームに情熱を注いでいた。
「サージュ! お前本当にイカサマしてねぇんだろうな⁉︎」
「してねぇって」
酒が入って気が大きくなったのか、クライスは管を巻くようにサージュに絡む。
そんなクラナスにおかしそうに肩で笑いながら答えるサージュ。
一使用人だった頃のような雑な扱いが、思った以上に心地がよかった。
「だよなぁ? 俺とお前でしっかり見張ってたもんなぁ……⁇」
同じテーブルについて、共にポーカーをしていたグラントが、それでも不可解そうにサージュの持っていたトランプを手に取り、しげしげと見つめ一枚一枚を再度確認していく。
まるで強い札が自らサージュの手元に集まっているのでなければ説明がつかないほど、サージュのツキかたは異常だった。
そんなグラントの行動にサージュは困ったように肩をすくめつつ口を開く。
「なんでか、いつも疑われるんだよなぁ? ――ま、負けねぇからなんだろうけどな⁇」
そう言うとサージュは二人を煽るようにニヤリと笑い、自分の側にずらりと並べられた戦利品の酒瓶たちに視線を流した。
「くっそぉ……次はこの酒だ!」
「――ならワシはこれを出す」
クライスがドォン! と大きな音を立てて一本のウィスキーをテーブルの上に出して、グラントは静かにーしかしギラギラと交戦的な眼差しでワインボトルをテーブルに出した。
「これまた高そうなのを……――悪いねぇ? んじゃ俺はこの中の一本だ。 勝ったら好きなの持ってってくれ」
そう言ってニッと笑って見せる。
そんなサージュにグラントたちはビキリッとその額に青筋を立てると、獣が威嚇している時のように、唸りながら歯を見せる。
そしてサージュを睨みつけたまま、テーブルの上に散らばるトランプをかき集め始めた。
その仕草はとても酷似していて、それが微笑ましくてクスリと笑みをもらしたサージュは、一段と鋭い視線で二人から睨みつけられてしまうのだった。




