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「――ほう?」
リアーヌの答えにいち早く反応を返したのはゼクスの祖父、グラントだった。
その声につられるように、そちらに視線を向けたリアーヌは、極悪人が浮かべるような微笑みでアゴに手を当てているグラントを目撃してしまい、ビクリと大きく身体を震わせた。
「まぁまぁ……――それはぜひともお願いしなくてはねぇ?」
「食事会の準備を急ぎませんとねぇ……⁇」
フリシアとクライスも明るい声で言ってはいるものの、やはりその顔つきはなにかを企んでいるもので――邪悪さが含まれているようにしか見えなかった。
(――あるぇ……? なんか急にみんな怖いんだけど……⁇ 私? 私はなにやらかしたの……⁇)
思わず隣の席の肘置きに手を伸ばし、ゼクスの服を握りしめるリアーヌ。
そんなリアーヌの行動にゼクスは驚いたように少し目を見開いたあと、安心させるように小さく微笑むと、向かいの席で頭の中を商売のことでいっぱいにしている家族たちにも聞こえるように大きなため息をついた。
そして暴走気味の家族にニッコリと笑いながら苦言を呈したのだった。
その後の会話は穏やかに進んでいきリアーヌが退室、そして帰り際の挨拶をする頃には、ごくごく普通の食事会を終えたような気分にさえなっていた。
なっていたのだが――
(そっかぁ……実際の食事会って、最後の挨拶して部屋出た後も馬車に乗り込むまで、こんなに話すもんなんだ……)
ラッフィナート邸の玄関ホールで、別れのあいさつをしながら、リアーヌは内心で大きくため息をついていた。
授業通りの無難な別れの挨拶を交わし合ったリアーヌとゼクスの家族たちだったが、極力早く帰りたいリアーヌと、なんとしても次の約束――本来の両家の顔合わせも兼ねた食事会――の日程を決めてしまいたいたくなったラッフィナート側の思惑が見事にぶつかり合い、全く見当違いな返しを披露するリアーヌたちに、ゼクスの腹筋は随分と鍛えられていた。
そして授業とは違って、全く終わらない話の流れに軽いパニックになったリアーヌに再び助けを求められ、ゼクスは腹筋に力を込めつつ両者の間を取り持つこととなった。
家族に嗜めるような視線を送り、黙らせると、自分は味方だと主張するような笑顔をリアーヌに向けた。
「――そういえば、本当だったらするはずだった両家の顔合わせはどうしよっか?」
「あー……――弟の都合が合わない……のかも……?」
リアーヌはそう答えながら、なるべく先延ばしにしたいのだという意思を伝える。
自分を含めた家族全員がより長い準備期間を必要としているのは当然として、中でも特にザームには余計に時間がかかりそうだと感じていた。
「そっかぁ……ならさ?」
「はい……?」
「いっそ無礼講ってことにしない?」
ゼクスの提案にキョトンと首を傾げるリアーヌ。
「無礼講ですか……?」と呟き、それが実行可能なのかを――つまりは執事であるヴァルムの許可が貰えるのか? という大問題について考えこむ。
(――多分、この場合の一番の問題は「無礼講ってことにしよ!」って言い出したのがゼクスってとこ……だよね?)
この国では多くの場合において、無礼講を宣言するのは、あくまでもその場に出席する一番の格上――つまりはその場で一番敬われるべき者なのである。
今回は提案しただけなので、問題とは言い難いのだが、男爵家が子爵家に対して無礼講を提案するという行為事態をヴァルムがどう判断するのか? というところをリアーヌは悩んでいた。
(多分、今までのヴァルムさんなら絶対許さなそう……あの人ボスハウト家大好きだし。 でも思ってた以上にここの料理は美味しくて、うちのザームの食い意地はっている……――そういえば私、あの食事の時の失態は取り戻せた判定になってるんだろうか……? ――絶対この家の食事量がおかしいよ。 あんなの絶対食べ切れる量じゃない……――これが仮にザームだったら、あと一時間は食べ続けてたね! ……それ伝えたらザームがこっち側について多数決なら許可が出そうなもんだけど……ムリか。 ヴァルムさんの意見はうちの家族の総票に匹敵する……)
そしてそんな葛藤するリアーヌを尻目に、ゼクスの家族たちはハッキリとした非難の瞳をゼクスに向けていた。
グラントたちからしても、この提案を自分たち側からするのはあり得ないことだと充分に理解していた。
更に言うならば。この話が世間に出回れば、白い目で見られるのは自分達のほうであると正しく認識していた。
……そうなれば、ここぞとばかりにそこをネチネチと突いてくる者たちの顔がハッキリと想像出来るほどには、ラッフィナート紹介には敵が多かったのだ。
家族たちの内心を十分に理解していたゼクスは、困ったように肩をすくめると、リアーヌに向かい、しかし家族にも良く聞こえるような大きさの声で更に言葉を重ねた。
「うちの父親やじーさんもさ、子爵様と一緒で酒好きなのよ。 だから無礼講って形だったら普通の飲み会みたいになって、楽しいんじゃないかなー? って」
「あー……好きそう」
(父さん、酒場行きてえなぁ……って良くボヤいてるし。 酒場っていっても、私たちだって出入り出来てたぐらいには治安も良かった気がするけど……――まぁ、今父さんに何かあったらザームが子爵継ぐことになっちゃうもんなぁ……――酒場、危険だわ。 ヴァルムさんたちの言い分が正しいわ)
「――ゼクス、いくらなんでも……」
どれだけ非難の眼差しを向けても一向に言動を改める気のないゼクスに焦れ、父であるクライスが声をかける。
にこやかな笑顔を浮かべてはいるが、その眼差しは随分と威圧的だった。
リアーヌにどう思われようとも、ここでゼクスの好きにさせるわけにはいかない、と判断したからなのかもしれない。




