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「――……それって私の分もあるんです……?」
大人しくことの成り行きを見守っていたリアーヌだったが、どうしても気になったことを確認せずにはいられなかった。
(……まさかザームだけ? お菓子を食べられるのはザームだけなんて言わないよね⁇)
「……ちょっとならやってもいい」
ヴァルムが答えるよりも先に、ザームが少し不本意そうに答えた。
「ちょっと⁉︎ 半分くれたっていいじゃん」
「はぁ⁉︎ 俺の菓子で、俺のデザートなんだけど⁉︎」
「ザームなんか、今までずっと私のおやつ勝手にバクバク食べてきたじゃん!」
「――あれは……落ちてたのを拾ったんですぅー」
少し言い淀んだザームだったが、次の瞬間には口を尖らせながら、渾身のドヤ顔で言い返す。
「棚の中の食器で隠すように置いてあるお菓子は落としものなんかじゃありませんけどー⁉︎」
「落ちてましたけどぉぉぉ⁉︎」
メンチを切り合うように、顔と顔を突き合わせ、言い合う二人。
そんな二人の側にヴァルムが音もなく近づいて――
「……お二人とも?」
穏やかな微笑みを浮かべ、優しい口調で姉弟に語りかける。
その言葉から逆らい難い強い圧を感じた姉弟はすぐさま言い合うのをやめ、無言で背筋を伸ばした。
姉弟のそんな態度に、小さく咳払いをしたヴァルムは念のため、再度釘を刺すため口を開く。
「お食事の際は、音量に配慮して会話をなさってくださいますよう」
その言葉に二人は声をそろえて「はいっ!」と答えた。
そんな子供たちの様子に、クスクスと笑いを漏らす両親――そして壁際に控えていたメイドたち。
さらにはヴァルム自身も、少し口角を上げながらリアーヌたちを見守るように見つめていた。
その提案から数日、ザームの成績は横ばいと見せかけながら、少しずつ上昇傾向を見せていた。
少なくともあの日以来、授業をサボることはなかったので、それだけで効果はあったのだろう。
――余談ではあるがこの後、両親たちもその方法で――ご褒美は酒やら美容品だったりと品を変えていたが――子爵家の一員としての立ち振る舞いを学んでいたと知ったリアーヌが大いに拗ね、両親やヴァルムを困らせることになった。
(私だけ何ももらってないっ! みんなと同じくらいたくさん頑張ったのにっ‼︎ 私だけ何もないっ‼︎)
◇
拗ねたリアーヌの機嫌を直すために、ボスハウト家の料理人がたくさんのお菓子を作り、ヴァルムたち使用人一同で宥めすかし、ようやくリアーヌが満足した頃、準備に準備を重ねた学園の入学式を迎える頃になっていた。
ゲームと同じように貴族ばかりが通う学園でありながら、一年のうちは侍女や侍従、メイドを同行させることが許されていないためか、自然と生徒同士が協力し合うようになり、その交友関係を半強制的に広げることとなるのだが――
日本でもクラスの中でグループを作って仲良くなっていくように、この世界でもすでにいくつかのグループが出来上がっていた。
そして……日本でも同じように、そのグループ分けからはみ出してしまった者が遊び半分に攻撃を受けることも――……
(ここがゲームの世界だって分かってすぐの時はさぁ……ほんのちょっとだけ、心の片隅で(あれ……これ、キャラたちとワンチャン……?)とか血迷ったこと考えたりもしたけどさぁ……もちろん、すぐに(いやいや! 無理無理!)って否定したけど……でもやっぱり、その後ろにちっちゃい(もしかしたら……)が見え隠れしててさ……――まぁ、その気持ちも貴族になって目一杯オシャレして、ワクワクで鏡に映った自分を見た時に綺麗さっぱり吹き飛んだわけですけれど……――どう頑張ったところで平凡顔はずっと平凡顔! あれで悟ったよねぇ……(このレベルの女とくっ付いくキャラを私は愛せねぇよ……)ってさ……――やっぱり、キャラと恋愛するのは主人公か悪役令嬢って決まってんだよねー……――だからさぁ……大人しく恋愛しててくんねぇかなぁっ⁉︎)
「あらあら、今日も素敵な飾りつけですこと」
心の中で怨嗟の声を撒き散らしていたリアーヌの背後から、コロコロと楽しげな声がかけられる。
その視線の先には落書きだらけ、その上、紙ゴミまで放置されているリアーヌの席があり――
「そんないい笑顔で言うことですかねぇ……?」
リアーヌはガックリと肩を落としながら、声をかけてきた生徒――同じクラスで隣の席になったビアンカ・ジェネラーレ――を振り返る。
ビアンカは少し肩をすくめると焦茶色の瞳を細めながらクスクス笑い、長く艶やかな濃い紫色の髪を揺らしながらリアーヌの横を通り抜け、自分の席へ優雅に腰掛けた。
リアーヌはそんな友人を恨めしそうに見つめていたが、やがて大きなため息をつくと、自分の席に向き直り、机の上のゴミに手を伸ばした。
(――つうかさぁ……もはや、あんたらとの恋愛とかどうでもいいんですけど……――ちょっと攻略対象者ぁー? 主人公以外はシカトですかぁー⁇ 幼気な少女が、悪意ある嫌がらせに胸を痛めておりますけれどもー⁇ 「なんだよ、お前いじめられてんのか?」は? 「誰がこんなことを……」とかさっ! 「こんなことをする生徒がこの学院にいるなんて……」ってのもありましたっけ⁉︎ 主人公ちゃんなんて、専門家に特別入学する子だから、教室の場所も大分離れてるし、しかも年下! その子は助けられて私はスルーってどういうカラクリになってるんですかね⁉︎ なに? この一年でお前らの紳士力、急激に爆上がりでもする⁉︎)
リアーヌは自分の心がささくれ立っているのを自覚しながら、机の上から落ちたであろう、床や椅子の上に散らばったゴミも回収すると、スタスタとゴミ箱へと向かう。
(――多分、お嬢様がたが自分たちで用意してたゴミだからだと思うけど……――まぁ綺麗。 使ってすらいないノートをビリビリに裂いた紙クズとか、誰のものか分からないハンカチや筆記用具が壊されてばら撒かれているだけ……――生粋のお嬢様はゴミらしいゴミに触れないんだろうな……――犯人とっ捕まえてそいつの顔面にバッタとか押し付けてやろうか。 ――そんなんやったら確実に私が極悪非道の悪役令嬢になっちゃうんたけどー)
戻ってきたリアーヌは、落書きだらけの机を見つめ小さく鼻を鳴らすと、スッと手をかざして周りの机の木目を転写する。
すっかり綺麗になった机を眺め、フンスッと鼻息も荒く席に着いた。




