冒険を終えたある鍛冶職人の話
その男は何ヵ月ぶりかでの自分の店の前に立った。大きな壷の中に剣が立ててあるデザインの看板がかかったその店は、”ポットの鍛冶屋”と呼ばれている。
「やれやれ、ずいぶん留守にしてしまったな」
男はそう言いつつ鍵を取り出し扉を開けると、荷物を置くのももどかしいように仕事場の様子を見に行く。この店の持ち主である鍛冶職人トラッツ・ポットである。開業早々の彼が店を休む余裕がある筈はないのだが……
「探索の旅も結構長くなっちゃったな」
”探索”とは王命による”竜の力を持つ物”の探索のことである。トラは探索チームの一つに同行していたのだ。王室御用達を目指すトラにとって、これは大きなチャンスと思えたのであるが……
「まさか隊長が出奔してしまうとはな」
隊長は探索行の後、騎士の座をなげうっていずこかへ行方をくらませてしまった。王室にコネが出来るかと思っていたトラにとってはまったくの誤算である。
「おまけに途中に剣を用立ててやった二人もどこかに行ってしまうし」
探索行の途中では二人に剣を打ってやったが、一人は故郷に帰りもう一人は放浪の旅に出てしまった。
「ま、せいぜい俺の名前が広まるように活躍してくれることを期待するか」
元々やたらに明るい性格である。頭の切り替えは早い。
「俺だって実戦で鍛えた剣に対する知識と、騎士隊長様と旅をしたというウリが出来たからな」
実際、戦場に同行して戦いの中で意見を聞きつつ鍛えられたトラの腕はかなりのものになっている。騎士隊長の性格もあるだろうが普通に会話をするほどの関係であったのもたしかだ。
「さて、と。どうやら大丈夫のようだな。きっちり手入れをすれば問題ないだろ」
独り言の間に店の点検は終わった。そもそも持ち運べる鍛冶道具は持って行ったのだからどうしても動かせない物しか残っていない。
「そうだな、1週間もあれば店を開けられるかな。こうなったら実力で王室御用達を目指すしかないからな」
口で言うほど簡単な物ではないことはトラ自身もわかっている。王室御用達ともなれば実力だけではどうしようもない部分もあるだろう。
「そうだな、後は意匠に凝ってみるかな」
居室の方に向かいながらいろいろ考えるトラ。
「人より目立ちたいやつは多いだろうしな。もっともあまり変な物ばかり作っちゃ王室御用達どころじゃないが」
「さて、と。メシは……あるわけないんだよな」
探索行では誰かしら食事を担当する者がいたが、もちろん今は自分で何とかしなくてはいけない。
「返事をしてくれる人がいないのも寂しいな」
たしかに旅の最中はいつも周りに人がいた。記憶にはないが赤ん坊の頃拾われたトラとしては今更ながら一人になるのに不安を感じる。
「よし、とりあえずどこかに食べに行くか」
そう言いながら財布だけを持って外に出る。久しぶりに身軽な格好で歩き出すと、後ろから声をかけてくる者がいた。
「よう、トラ。やっぱりここの店だったのか」
声をかけたのは同じ隊のメンバーであった男だ。
「やあ、お前か。こんなところでどうしたんだ」
実は名前が出てこないのだがそんな様子はかけらも見せずに問いかける。
「いや、俺も剣の腕こそ上がったが大した手柄をたてたわけじゃないしな。しばらく修行の旅に出ようと思うんだが、名前を売るために目立つ剣が欲しいと思ってな」
そう答えるその男にトラは明るく対応する。
「そうか。それじゃお客さんだな。そういえばなかなかの腕だったな。よし。仲間のよしみで格安で作ってやる」
「そいつはありがたいな。褒美もそれ程もらったわけじゃないし」
「まあいいってことさ。それより俺の剣が有名になるくらい活躍してくれよ」
「おお。まかせとけ」
自信ありげに答える男に向かってトラが続けた。
「それじゃ、メシでも食べながら詳しい話をしようか。この先に可愛い子がいる店があったんだが、まだいるかな?」
「そうか、そりゃ楽しみだ」
そしてトラは男と並んで歩き出した。
それから数年、”ポットの鍛冶屋”は実力を認められれば格安で剣が手に入る店としてそれなりに評判になっているようだ。デザインの腕も上がり、貴族あたりからもぽつぽつと注文が届くようになっている。王室御用達にはまだ遠いが、トラは目標に向かって今日も仕事にはげんでいる。
1997年のPBM(郵便をつかってプレイするマルチプレイヤーRPG)が終わったときのプライベート・リアクション(公式ではない個人で作成されたリアクション)からゲームを特定できる固有名詞ほぼ抜いたもの。当時自分でhtml打って作ってたサイトに公開してたのを少し手を入れて転載。