表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
トランジション-nu-ill  作者: むとっち
銀林リア 配信者編
7/26

お、お前……っ!

 一発ネタの動画撮影と配信を続けて一週間が経過していた。

 回復魔法を使うのは出来るだけ控えているが、配信中に要望があればわからないようにこっそり使っている。ラムネをかじりながら使っているので低血糖の問題も安心。

 フォロワーやチャンネル登録者数はあれで一気に増えて、それからどうせ減るかなと思っていたんだけどそうでもない。たぶん大半が治療希望のある人で、回復魔法を使うペースが全く追いついていないから減りにくいんだと思う。ただ、まだ収益化は出来ていなくて何の収入にもなっていない。収益化要件は満たしたっぽいんだけど、審査待ちがずっと続いてる。一か月くらいはかかるのかなぁ。

 そんなこんなで頑張っても全然収入がなくて、むしろ以前よりやたらとお金が減っていくだけ。

 辛い、つらすぎる。

 再就職は絶望的だし、回復魔法での商売は今でこそネタで押し通せるけど、それメインでやってたら警察に見つかって逮捕されるリスクが高い。もし収益化が蹴られてしまったら本格的に人生詰みかねないのでは。

 毎晩寝る時に目を閉じるとそんな不安に襲われ、耐えきれなくなった僕はついにコラボ依頼を受けることにしたのだった。ぶっちゃけ報酬に釣られたのだ。

 そういうわけで新幹線に乗って、東京までやってきてしまったのだ。

 改札口を出て、駅前の待ち合わせ場所できょろきょろしていると背後から軽く肩を叩かれた。


「リア様……ですかっ!?」

「……様? あ、はい。そうですが」


 振り返った先には、ショートボブの女性が驚いた顔でこちらを見ていた。

 ゆったりとしたリボンタイブラウスにベルト付きのジャンパースカート。なんとなくロリータっぽい雰囲気がする。かわいい。僕もそういうの着たい。でも高そう(白目)


「すごいっ、すごいっ、リア様本当に実在したっ、リア様は本当にいたんだっ!」

「えっと、あの……すみません、こにいさん、ですか?」

「はいっ! はいっ! はじめまして卯月こにいですっ! こんこんに~っ!」

「こ、こんこんにぃ~」


 なんだこの人。

 やばい人なのか?

 やばい人だな?

 もう帰りたい。


「えっと、えっと、どうしよう、どうしようどうしよう。何から言ったらいいか、あの、あのっ」

「あー、その。どこか、落ち着いたところでお話ししましょうか。えっと、そこの喫茶店? かな? でどうでしょうか?」


 できるだけ落ち着いた口調で、笑顔を向けて話しかける。こにいさんはこくこくと頷き、二人で喫茶店へと向かう。かなり朝早くから家を出て新幹線に乗り、ラムネを何個か齧った以外に何も食べていない。何でもいいからお腹に詰め込みたいところだった。

 適当にモーニングのスペシャルサンドとブレンドコーヒーのセット注文する。こにいさんはアップルパイとミルクティーを注文していた。メニュー表を見ているとなんだか空腹感が我慢できなくなってきてついラムネを一個齧ってしまった。


「あ、ラムネ」


 こにいさんが物欲しそうな顔で目をキラキラさせてこっちを見つめてくる。


「ん、欲しい?」

「はいっ!」

「ただの普通のラムネだよ?」

「欲しいですっ!」


 持ち込みの飲食はどうなのかなぁと思いつつもラムネを一個手渡す。ちいさなラムネ一粒を両手で大事そうに抱え、なかなか口に運ばない。


「大事にしますっ!」

「いや食べようよ、腐っちゃうよ」

「うぅ……じゃあ食べます」


 ラムネを摘み、口に運ぶこにいさん。


「甘いですね」

「ラムネだからねぇ」

「美味しいです、初めて食べました」

「ん、ああ……そういうこともあるかな。仕事中とか疲れた時に良いよ」

「仕事中とか、ですかぁ」


 こにいさんは一瞬不思議そうな顔を浮かべる。

 そしてしばらく何か言いたそうに、恥ずかしそうに思案する様子を見せて、口を開いた。


「いろいろ、その、いっぱいあるんですけど。あの。まず、ありがとうございましたっ!」


 こにいさんの少し大きな声が喫茶店に響いた。


「えっと、何のこと……?」

「そのぉ、前の配信で、治していただいて」

「あ~、そうだったんだ」


 どれだろ。ハゲの人ではないと思うけど。


「うつ病とリスカ痕」


 こいつメンヘラかっっ!

 若干そんな気はしていたよ!!


「前から配信も動画も全部追ってて、顔が良すぎるしちょっととろんってした目が可愛すぎるしふんわりしたツインテールが凄く似合ってて声も綺麗だし歯茎音も最高に可愛いくて時々聞こえるリップノイズも大好きで聞こえるたびに何回も再生してキ――

「ちょちょちょ、ちょっとまって、すこし、その声のトーンをっ」

「え゛っ、あ゛っ! 収録中の癖で……っ!! ごめんなさいごめんなさいっ」


 こにいさんが泣きそうな顔で何度も謝ってくる。

 情緒不安定すぎる。この子回復魔法で治ったんじゃないの。やっぱり遠隔だから効果が微妙なのかな。念のため改めて回復魔法を……ってなんか全然手ごたえ無いな。

 まさか、素がこれなのか。


「それに、自分が倒れちゃうまで顔も知らない誰かに尽くせるなんて、本当に凄いです。心から尊敬しています」

「別にそんなんじゃ……単にはしゃいじゃっただけだよ」

「そうだとしても、みなさんリア様に本当に感謝していますよ。もちろん、私も」

「ええっと、そのリア様っていうのさすがに……やめない?」

「だめです。リア様はリア様です。信者としてここは譲れません」

「信者って、えぇ……」


 もう諦めた。この子は僕にどうこう出来る相手じゃない。

 こういうものだと受け入れて生きていこう。配信者っていうのは結局のところ、そういう仕事なのだから。

 配膳されてきた料理を受け取り、ブレンドコーヒーに口をつける。

 はあ、おちつく。とても久しぶりに飲む美味しいコーヒーだ。


「ところでリア様、今日はお召し物はいつもの聖衣ではないのですね?」

「えっ、ああ、あのジャージ? 一応持っては着てるけど」

「あの、すみません。これ、ずっと聞きたかったんですけど。あの聖衣はなぜレディースではなく、メンズのジャージなのでしょうか?」


 考えた事もなかった質問に目が見開き驚く。口に運ぼうとしていたコーヒーのカップを急に止めてしまい、あやうく波打ったコーヒーを零してしまうところだった。

 お、お前……っ!

 よく見てるじゃないかっ!

 そこに気づいたリスナーはマジでお前が初めてだよ!

 元が男だったからなんて馬鹿みたいな真実を話しても荒唐無稽すぎて信じてもらえるとは思えない。あえてそのまま話そう。


「僕はもともと43のおっさんで、朝起きたらなんでかわからないけどこの姿になってたんだよ。普段着る服もあのジャージぐらいしかなかったから、仕方なく来ていただけ」

「ふぁ……ぁあ゛っ……なんて作りこまれた設定っ! 演技っぽさの全くない僕っ娘の為に、日常からそこまで作りこむなんてっ! ああっ、そのっ、僕っていうの、溶けりゅっ!」


 めちゃくちゃにぎらつく完璧にキマった尊敬のまなざしを向けられてしまった。

 だめだこりゃ。

 役作りの為に日常まで役に染まり切ってしまった狂人の仲間か何かと思われてる。ロールプレイ型のVTuberがキャラに「喰われる」なんて言うけれど、それだと思っているのか。別にいいよもうそれで。


「すみません、少し漏らしてしまいましたが昼用を着けていたので大丈夫でした。ご安心ください」

「おっ、おうぅ」


 でもなんか慣れてくるとこの娘ちょっと面白いな。さすがは企業系の人気VTuberかぁ。

 普通に配信見て見たくなってきた。

 はたから見る分には良いんだよな、はたから見る分には、ね。


「いつもだったらPMS(※1)でめちゃくちゃイライラして生理も重くて吐き気と頭痛で死にたくなる頃だったんですけど、回復魔法を頂いてからはそれも無くなって本当に助かっています」

「あ~、うん、本当に良かった、ほんとにね」


 お前の生理周期なんて別に知りたくなんてないよ! そんな事気軽に話すなよっ!

 こんな感じでこにいさんの苦労話を聞きながら(これが結構話し方が面白くて苦も無く聞けてしまう)サンドイッチを食べ終わると、いよいよスタジオに向けて出発した。



 案内されながら東京の街を歩き、駅から少し歩いたところの大きなビルの中へと足を踏み入れた。確かに大きな広いビルではあるけれど、外観は普通のビルで一階にはコンビニも入っている。なんかすごいおしゃれな建物を想像していたのでちょっと拍子抜けだ。

 どきどきしながらエレベーターに乗り、扉が開いた先の景色は思っていたのとはだいぶ違う光景だった。第一印象は女子トイレ。カラオケボックスよりも狭く陰鬱にすら感じる。防音を整えた個室をたくさん敷き詰めることでビルの一室にたくさんの配信用スタジオを作ったのだろう。次の利用者が待っているのか、個室の前で女の子が座り込んでスマホをいじっている。狭い廊下の奥の角では横になって寝袋で寝ている人もいる。なんじゃこりゃ。

 それらを通り抜けて曲がった奥の部屋はひときわ大きな部屋だった。ここが3D配信用のスタジオっぽい。中の様子がすっごい気になるが、その隣の小部屋に二人で入った。札を見ると控室らしい。


「お、こにいちゃんこんこんに」


 中には中年の眼鏡のおっさん。こちらを見て軽快な挨拶を飛ばす。

 なんか妙に親近感を覚えるなぁ。


「こんにです!」

「おじゃましまぁす」


 眼鏡のおっさんがじろじろと僕を舐めまわすように見つめた。


「マジか……ギンバちゃんマジでリアルに実在したのか。あぁ、失礼ディレクターの山田ですよろしく」

「何言ってるんですか配信してるんですから実在してるに決まってるじゃないですかぁ!」

「いやだってほら、個人勢だとめっちゃ技術高い人いるじゃん、めちゃくちゃ良くできた3Dモデルの可能性あるし、てかまだ信じられね嘘だろ」

「えと、あの……銀林リア、です、今日はよろしくお願いします」


 やばいなんかこの名前で名乗るのすごい全身がこそばゆい。


「遠いところまで来てもらったみたいでごめんねほんと。こにいちゃんがどうしてもやりたいっていうから頑張って企画ねじ込んだんだけど、内容ぜんっぜん練れてないからぐっだぐだになると思うけどそこは覚悟しておいてねマジごめん」


 このディレクターなんか早口で何言ってんのか聞き取りにくいし大丈夫かな。

 滅茶苦茶不安になってきたんだけど。


「それで今さっき出来た今日の配信の予定なんだけど――


 テーブルの上のディスプレイに映るタイムスケジュールを3人で確認する。いやまて、配信までもう全然時間がないんだが? この短時間の打ち合わせで配信を?

 やばいやばいめっちゃ緊張してきた。

 早口の説明がどんどん右から左に流れて行って全然内容を理解できない。

 そして広い3Dスタジオの中に入って席に座る。

 緑一色の部屋をライトが照らし、変わった形の四角いカメラがこっちを向いている。

 そして着の身着の儘の僕の横にはセンサー付きのベルトを頭や手足に巻いたこにいさん。

 なんだこれどうなるんだ、全然内容把握できてないよ、大丈夫なの!?

※1 PMS:Premenstrual Syndrome(月経前症候群)生理の一週間くらい前から始まる様々な不調の症状。女性はこれでメンタルを狂わされがち。人によってかなり症状が違うので、周囲の理解が必要な場合も多々ある。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ