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トランジション-nu-ill  作者: むとっち
銀林リア 配信者編
3/26

実は僕は。

「すみません、間違えました」


 長い黒髪の美女はそう言って入り口から離れるとすぐにスマホを取り出し、誰かに電話をかけているようだった。と同時に手元に持っていたスマホが振動する。

 発信者は……ショートメッセージを送ってきた友人。

 一応電話に出る。


「はい」

「はっ!? 合ってるじゃん、なんで!?」


 黒髪の美女が怒ったような鋭い視線を僕に向けた。

 その顔に、僕ははっきりと見覚えがあった。


「何でって言われても……何ていうか……その……」

「え? もしかしてお前も?」

「はい……あ、まあ……多分」

「はぁあああぁ~、まあいいわ。中入っていい?」

「えっ、ああ、うん、どうぞ」


 アパートの狭いリビングの一室に、僕らはクッションに座って無言で向かい合った。

 お互いが置かれた状態は口にしなくてもなんとなくだがわかる。

 それにしても滅茶苦茶美人だ。光を淡く照り返す滑らかでまっすぐな黒い髪。ぱっちりとした切れ長の目。瞳はルビーのピジョンブラッドのように美しく輝いて見える。僕の体のリアと違って女性らしい体つきがはっきりと見え、少し目の置き場に少し困ってしまう。

 僕はこのキャラを良く知っている。

 主人公の幼馴染であり、姉のような存在であり、そして――


「いつからそうなった?」

「ん、今朝起きたら」

「そうか」


 会話が続かない。

 久しぶりで何話したらいいかよくわからん。


「お前、今何やってんの?」

「無職、先月退職した」

「はぁ? はあぁぁ……無職は自由でいいねぇ」

「ん……いいよぉ~無職はっ! てかそっちはどうすんの?」

「いやもう今日から無職だよ。どうせ出勤しても同一人物って認めてもらえねえよ。コンプラ厳しいからな」

「そういや家族は?」


 今思い出したがこいつは結構前に結婚してたはずだ。10年くらい前だったか。そういえばその時、結婚式の招待状を貰うために住所を教えた気がするな。


「ん? あぁ……そうか」


 友人はかなり昔のことを思い出すように、思案する様子を見せた。

 そして少し悲しい顔をすると、かすれた声で呟く。


「結婚して1年くらいで離婚した。今は独身。お前は?」

「同じく独身~」

「気楽でいいなお前はよぉ」

「すまんねぇ~」

「はぁ~……」


 大きなため息をついた友人の姿は、何かに思い悩んでいるように見えた。

 いや、まあもちろん急に別人に変わってしまったら、これからどうしたらいいのか当然困るけれど、それとは別の、もっと深刻な事で悩んでいるように思えた。そういえば、最初に貰ったメッセージは『死ぬかもしれん』とか言っていたか。


「その体、死ぬほど嫌なの?」

「いやそうじゃねえよ。これは、お前に言うべきか……いや、言っていいのか、まだ、悩んでいるんだが」

「ふ~ん?」

「俺、人を殺しちまったんだ」

「はぁ? おいまさかニュースでやってるのって」

「そうだよ」

「そっか。なんかニュースでは男女関係がどうとか言ってたけど」

「全然違う。あんな奴は知らない。誤解するなよ? あれは、正当防衛……だと思う、そのはず、なんだよ」


 殺してしまった時の事を思い出したのか、友人の手は震えていた。

 

「あの男は急に話しかけてきて、俺の顔を見るといきなり包丁を俺の体に突き立てたんだ。何度も、何度も」


 友人の手は震えていた。


「俺はそれで、死んだと思った。でも……痛くなかった。血を出して、倒れていたのは、相手の方だったんだ。わけわからない。どういうことなんだよ」


 彼の瞳には、困惑と恐怖が浮かんでいた。

 理解不能な現象という他無いが、僕にはそれが何なのかすぐに分かった。

 そして、目の前の女性が誰なのか、完全に確信を持ってしまった。


「物理反射か」

「は? 何それ? ゲーム?」

「まぁ、そうなんだけど。今の自分の体って、ゲームのキャラと同じっぽいんだけど、気づいてる?」

「いや、全然……てかどういうこと?」


 友人は困惑した様子で、眉間に皺を寄せた。


「Transition Wars -Nornir-っていうソシャゲがあって……あったんだけど、知ってる?」

「しらん」

「それのキャラ」

「んぅ?」

「ちなみに僕はそのゲームのリアっていうお姫様で、なんていうか……まあ……良く言ってサブヒロインみたいなもんかな。で、そっちはイルベリ・ベレアっていう主人公の幼馴染で、姉のような存在で、それで……」

「そんで?」

「かなりのネタバレになるんだけど、もうサ終したゲームだしなぁ。いわゆるラスボスみたいなもんだよ」

「はぁ?」


 そう、この女性はそういう存在なのだ。

 友人、イルベリとなった目の前の女性は、かなり困惑した表情で僕を見る。


「そういう反応になるよね。それで――

 

 僕は出来るだけ伝わるように、重要な部分をかいつまんでイルベリの設定を話す。

 ストーリーの最初から登場し、美人なお姉さんキャラとしてかなり人気が高いキャラだった。しかしストーリーの進行上、一時的にゲストユニットとして仲間になる事すらあったにも関わらず、彼女は決してプレイアブルキャラとして実装されなかった。このキャラが実装したらサ終とまで言われていたが、結局実装されないままサ終してしまった。

 多分もう少し長く続いていたら。いや、メインストーリーがひと段落ついたところだったから、次のメンテくらいで実装していたとしても全くおかしくなかった。惜しい、惜しすぎる。実装したら出るまでガチャ回しまくったのに。

 いやそうじゃない。

 このキャラのいわゆる第一形態は、巨大な黒い鳥みたいなのとペアで登場する。黒い鳥の方は魔法反射で、女性の体の方は物理反射なのだ。どっちかを先に倒すと、どっちかの反射耐性が解除される、というギミックで、普通にやると糞だるい。

 その物理反射の能力が、そのまま現実世界にも反映されてしまっているようだ。

 怪我しないのはよさそうだけど、これもまた全然使い道のなさそうな能力だなぁ……


「はぁん……じゃあ俺を刺してきたあの若干チャラい感じの若い男は誰だったんだ? あれも、もしかしてゲームのキャラか?」

「そうだと思う。でも妙なんだよな。ラスボスだと知っていたから攻撃したなら、物理反射の事も知っていてもよさそうだけど。知らないならプレイヤーじゃないって事だよなぁ」

「あれでしょ、オートバトルで殴ったんでしょ。デスバカーン(※1)とか」

「それ違うゲームだから。てか、よく捕まらずにここまで来られたね。もしかして監視カメラとかも物理反射で全部無効化して映ってないのか。ありえるなぁ、ありえる」

「それアリなのか。なら、別に普通に生活しても捕まらないか」

「仮に見つかっても物理反射のせいで警察が捕まえようとしても物理的に拘束できないよね。なんなら逮捕状の発行すら反射するかも」

「なんかすごいな。安心してきたわ。お前に相談してよかった」


 友人は笑顔を浮かべ、両手で僕の手を掴む。


「ありがとう、本当に」


 寄せてくるその顔がめちゃくちゃ近くて、鼻先が当たりそうだ。


「どっ、どういたしまして。あの、ちょっと、近く、ない?」


 クソ美人な人気キャラの上気した顔が目の前にある。ファンとしてこれほど嬉しい事は無いはずなのだが、中身があいつなのだと思うと背中に妙な冷たい汗が流れくる。振り払いたい、でも物理反射でそれも出来ない!

 そうだ、そういえば。イルベリはお姉さんって感じで主人公に好意を持ってそうな雰囲気を漂わせるんだけど、公式設定で年下の女の子が好きなんだよな。リアと絡むシーンは公式では無いけど、他のキャラだとしっかりウザ絡みするサブストーリーがある。二次創作でもイルベリに女の子襲わせるネタが割と多くて半ば公式化してるんだよな。

 だからって、お前、そこまで再現しなくてもっ!

 

「なぁ、なんか、俺、なんか変だ。なんかすげぇ落ち着くんだよ。お前のそばにいると、不思議と安心する」

「えぇ? それ、どういうこと」

「わかんねぇ。でも、なんかこう、お前が欲しい、みたいな……」

「いやっ、ちょとまって、ちょとまってね、落ち着こう、ね!? あ、実は僕男なんだ。おっさんだよ? 男同士だよ?」


 抵抗できないまま押し倒され、両手を掴まれたまま、フローリングの床の上に仰向けにされた。

 背中に触れるひんやりとした汗と床の硬い感触。

 そして全身に触れる、温かく、柔らかな女性の体の感触。

 嬉しいはずなのになんか嬉しくない!!

 そして近かった顔がもっと近くなって、鼻先が少し触れて――


「まてっ、まてまてまてまてってっおいっ!」


 抵抗むなしく二人の唇が重なった。

 そしてイルベリの舌先が僕の歯を舐め、舌先を絡め合った。

 はたから見たら美女と美少女の超美しい百合なのだが、中身はお互いに40超えたおっさんである。

 多幸感と吐き気が同時にやってきて情緒が爆発しそうだ。

 もしかして、もしかしてだがまさかこいつこの先までやるつもりか?

 やめろ! それはマジでヤバい!

 イルベリの唇が僕から離れる。うっすらと涙を浮かべ、蕩けた様な瞳で僕を見つめていた。

 そのまま静かな時間がすこし過ぎると、その表情は少しずつ平静を取り戻していった。


「あれ、俺、なんで。ごめん、本当に、ごめん」

「いや、いいよ。良くないけど……いいよ別に」

「なんか、体が、勝手に。あの時も、なんだ。あの男が、俺を刺して、勝手に倒れた時。これでいい、今度はうまくいったって。どういうことだよ、これ。なあ、どういうことなんだよ!?」


 友人は困惑した表情を浮かべる。

 声が震え、今にも感情が爆発してしまいそうに見えた。


「見た目や能力だけじゃなくて、キャラクターの性格とか嗜好とかそういうのが反映されてるみたいなんだよ。僕もそう」


 僕のその言葉に、何か気づいたようで。納得したようにも見えて。


「なら、なら俺は、この世界を――


 イルベリは立ち上がった。

 身を隠すために着たのか、季節にそぐわない真っ黒な丈の長いコートが揺れる様子はマントのように見えた。それはまるで闇を纏う魔神のようで。

 闇の中の赤く鋭い眼差しが僕を貫き、それが別れの言葉を告げていた。

 静かに歩き始め、外へと出ていく。


「ちょっとまってって、どこに行くつもり?」


 僕の制止する言葉は届かず、魔神イルベリはどこかへと消え、その姿を探しても見つけることは出来なかった。

やっぱりホモじゃないか


※1 真・女神転生3で物理反射の敵相手にデスバウンド(強力で使い勝手の良い物理スキル)を放ってパトる(死ぬ)事

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