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トランジション-nu-ill  作者: むとっち
銀林リア 配信者編
2/26

なんか使えない魔法使えるみたい。どっちだよ。

 回復魔法と、貫通効果の付与。

 貫通効果とはゲームでは物理防御、魔法防御、属性耐性、ダメージカット、無効化等を全てを無視し、必中の効果を指すが、果たして現実ではどうなのか?

 切った豆腐も温めた総菜もほったらかしにして、チャタる(※1)ので後で廃棄しようと部屋の隅に放置していたマウスを手に取り、包丁で切ってみる。

 黒いプラスチック製のマウスは中の部品ごと何の抵抗もなく両断され、中身をぶちまけた。

 すごい。すごすぎる。

 マジで何でも切れるかもしれない。

 が、仮に何でも切れたとして、この能力は一体何の役に立つんだろうか……

 しばらく考えたが、僕の頭では食パンをギコギコせずにスーっと切るくらいの用途しか思いつかなかった。現代社会では物を切るのに必要な工具が十分に存在し、特筆する事のない代替可能な能力でしかないように思う。

 問題は回復魔法の方だ。ゲームでは戦闘不能、つまり死亡のような状態から完全回復する。これは現実世界ではかなりのチートだ。しかし誰に使ったらいいのかがわからない。自分を傷つけるのは痛いから嫌だ。

 もしかしたらと思い、ベランダを開ける。

 水やりを忘れまくったせいで枯れかけになった鉢植えのオリーブがそこにあった。葉が茶色くなりくにゃくにゃだ。後は枯れるのを待つだけ、というか既に枯れてるかも。

 水やり忘れてごめん、オリーブさん。復活しろ~っ、復活して~!

 オリーブの小さな木に触れながらそう念じていると、茶色かった葉がみるみるうちに鮮やかな緑色を取り戻していく。

 すげー、まじで復活した。

 すごい、すごい、これなんかいろいろ試したい。

 今すぐ家を飛び出して片っ端から回復魔法をぶっぱなしたくなったが、おなかが空いていたので先に食事を済ませることにした。レンジで温めた総菜、半額のチキン南蛮と豆腐を食べ終え、僕は意気揚々と玄関を開ける。

 夏が近づいている青空。引きこもりがちな僕の目にはその日差しは焼けるようで。きっと以前だったら踏みとどまっていたけれど、子供のように元気に飛び出したのだった。


 周囲をなめるようにじろじろと見まわしながら道を歩く。

 地方都市のベッドタウンであるこの町の人通りは少ない。主要道路から少し離れるとすぐに畑だらけになるような町だ。そのくせ車の数は多く、うんざりする。

 通りがかる人を見ても、別に見てすぐ体に異常があるような人はいない。そりゃそうか。しかも仮に異常があったとしてどうするのか。

 おじさん、大変そうですね。回復魔法あるんですけど、どうですか? 楽になると思いますよ?

 こんな風に声をかけられてどう思うだろう?

 めっちゃ怪しい。怪しすぎる。僕なら走って即逃げる。

 ならばと川沿いを歩く。この道は川に面した土手に桜が植えられていて、春にはきれいな桜並木を見ることが出来る。でもその桜はだいぶ腐敗や空洞化が進んでいて、いつ伐採されてしまってもおかしくないという状況だった。

 これを回復して文句言う人はたぶんいないでしょ。

 朽ちかけた桜の木に触れる。

 そして願う、美しい姿を取り戻して欲しいと。

 すると、朽ちた枝は灰へと変わりさらさらと崩れ、ボロボロの幹は美しい樹皮を取り戻し、青々とした枝葉を伸ばし始めたのだ。

 すごい、本当にできた。

 調子に乗って隣の桜の木に移り、同じように回復魔法を使う。

 次々と美しい姿を取り戻していく桜並木。4本目を回復した時、軽いめまいと頭重感を覚えた。

 もしかして魔力切れか何かだろうか。そんなのあるかわからないけれど、致命的な異常だったら嫌なので今日はこの辺でやめとこ。4本だけ回復して放置は明らかに不自然。できれば全部の桜を治療したいけど、このペースだとどれくらいかかるだろうか。まあいいか。

 帰る途中、スーパーマーケットの駐車場でクレープを販売しているキッチンカーが見えた。なんだか妙に甘いものが食べたい。苺クレープを買い、すぐにほおばる。

 めちゃくちゃおいしい。感動で涙が出そうなほどおいしい。今までこんなにおいしいものを食べたことがあっただろうか。


「うわぁ~、おいしい~っ!」


 思わず感嘆の声が漏れてしまった。こんな事言ったこともないのに。

 声が可愛すぎて自分で自分をあざといと思ってしまった。


「うれしいねぇ。そんなにおいしそうに食べてくれる子には、これもあげるよ」


 手渡されたのは小さなプラスチックのカップに入ったミルクティーだった。


「えっ、いいんですかっ!? ありがとうございますっ!」

「いいよいいよ~。良かったらまた来てね」

「はいっ、また来ますっ!」


 苺のクレープは美味しすぎてすぐに食べ終わってしまった。そういえばこの子、リアは甘いものが好物だったはず。ゲームでは仲間の好感度を上げる為に渡せるアイテムが色々あるけど、一番好感度が上がるのは確かケーキだ。

 ミルクティーを飲みながら歩いていると、なんだか頭重感がなくなったような感じがした。魔力切れから少し回復したのか、それとも単なる軽い低血糖だったのだろうか。

 家に帰り、何でも切れるなら何を切る?ってどっかのスレに書き込んでいい案ないか聞いてみようかなぁと思い、ブラウザを立ち上げるとトップのニュースサイトに気になるニュースがあった。

『新宿で通り魔。男性死亡』

 本日朝9時頃、東京都のJR新宿駅付近にて身元不明の男性が血を流して倒れているのが発見されました。男性はすぐに病院に搬送されましたが、死亡が確認されたとのことです。男性を刺した女性の姿が目撃されており、男性が手に包丁を持って死亡していたことから男女関係のもつれによる殺人の線から操作が行われているようです。

 こわ~。都会こっわぁ~。都会には絶対住みたくないわ~。

 でも、もし僕が近くにいたら、回復魔法でこの男性の命を救えたのかな。

 魔法を使えば誰かを救える。使わなければ救われない。なら、魔法を使わずにいるのは、誰かを殺しているのと同じなのだろうか。

 僕は、この魔法を使わなければいけないのだろうか。

 あほくさー。知るか知るか。見ず知らずの他人の生死なんていちいち気にしてられるかよ。

 ブラウザのお気に入りから掲示板を開き、サ終したノルのスレを開く。だいぶ昔からゲームについての情報交換がほぼ無くなり、単なる雑談スレに変わり果てているノルスレに、書き込む。


『何でも切れる魔法とかあったら何に使うのがよさげ?』


 数レス飛んで返信が来た。

>親子の縁

 なるほど。もしかしたら概念的なものも切れるのだろうか。だとしたらだいぶ評価が変わってくるけど、そんな感じの能力には思えないんだよなぁ。


>ドアの錠前切って空き巣し放題やな

 やめろ、なんでそんな犯罪をすぐに思いつくんだよ。


>仕事で鉄パイプ切ること多いからその魔法めっちゃほしい、飛んだ鉄粉の処理もだるいんだよな

 そっか、ただ切るだけなら既存の工具で出来るけど、粉が出るとか意外と欠点があるのか。


 うーん、それでもまだ何か凄いことが出来る能力という感じはないかな…

 どちらかというと犯罪に使われそうという印象が強く、例えば殺人に使えば頭にナイフ突き立てるだけで即死もあるから物騒すぎる。この能力を持っていることを知られる事で生まれるデメリットの方が圧倒的に大きいように思えた。

 なら回復魔法の方はというと、これも公にするとデメリットの方が大きいように思う。この魔法を使えるだけ使えばそれだけ多くの人を救えるだろうが、人一人の力で救える人数などたかが知れている。むしろ回復魔法とかいう正体不明なあやしげなものが存在すると知られることで、それを騙る者が現れ、既存の医療と対立を引き起こし、医療に対する信頼性を損ねかねない。結果的に社会全体として救えなくなる人の方が増えてしまうのではないだろうか。それを回避するには回復魔法を医療の枠組みに入れてしまう事だが、そんなことが出来るとは僕には思えない。

 結論——どっちも糞使えん。

 やはりこの超かわいいルックスと声を生かして配信とかでちやほやされまくるのがベストか。

 ん? それってゲームの時と同じだな……?

 やっぱりかわいいだけの子だったのか。

 ただ、そのかわいいを突き詰めて行くにしても色々と高い壁がある。まずは、まずは――

 服だっ!!

 なんだこのサイズの合っていないヨレヨレのジャージは!?(これはこれでかわいいけど)

 かわいい服着たい! コスプレとか色々着たい! 化粧もしたい! ネイルもやってみたい!

 でも収入が少ないからお金をかけられないんだよな。

 あれか? 欲しいものリストとか公開して配信で信者を集めて貢がせるか……?

 カスの発想だな!

 つか配信するにしてもこのアパートだと色々厳しいな。歌配信なんてしようものならまたドアドン(※2)されるぞ。どうするんだよマジで。一人用の防音室を自作するにも何万かはかかる。割と詰んでるかもしれない。うーん。

 気分転換にシャワーを浴びる。

 鏡に映る裸の自分の姿に見とれてしまったが、案外、いやらしい気分にはならなかった。思考がリアの人格に引っ張られているのだろうか。もっとも、この体では立つものもないのだけれど。

 かわいい。やっぱり服は欲しい。

 断腸の思いでプチプラ服ブランドの通販サイトを何時間もかけて皿を舐めるように見て回り、結局ハニーズで1980円のフリルブラウスとミニプリーツスカートと1480円の下着セットを買った。安くてかわいいハニーズは神。

 スカート、生まれて初めてのスカート。今からドキドキしてしまう。

 発送メールを確認しようとスマホをチェックすると、ショートメッセージが何通も届いている事に気づいた。

 そういえば昨日なんか来てたな……

 嫌な予感がしつつ、中身を確認する。

 高校の頃から仲の良かった友人からだった。卒業し、大学に行ってからも何度も会っていたし、一緒にオンゲしたりしてよく遊んでいたけれど、就職してからはお互い忙しくなって疎遠になってしまった。確かあいつは東京の大手企業に就職していたはずだ。

『とんでもない事になった。死ぬかもしれん』

『通話では話せん、出来れば直接会いたい』

『明日そっちに行く、大丈夫か?』

『駅に着いたぞ』

『家まで向かってる』(2分前)


 メリーさんかよ、怖いわ。てかなんでこいつ僕の住所知ってるんだ。

 ぴんぽーん。

 呼び鈴の音が部屋に鳴り響く。

 ヒイぃっ! マジで来た!

 全身に緊張が走り、おそるおそる入口へと向かう。

 びくびくしながらゆっくりと入り口のドアを開けた先には、美しい黒髪の女性が立っていた。

 

「「誰!?」」

※1 チャタる:chattering。マウスの接点が壊れてクリックが二重になる故障状態の事。要交換。主人公の住んでいる地域では小型家電回収ボックスに入れるのが一般的で持っていくのがまぁまぁめんどい。

※2 騒音などの苦情の為に入り口のドアをドンドン叩くこと。壁ドン(本来の意味)の上位。警察沙汰になるリスクを伴う諸刃の剣。素人にはお勧めできない。

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