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トランジション-nu-ill  作者: むとっち
銀林リア 配信者編
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知ってる顔だ。

おっすおねがいしま~す

「あー、最悪! サ終とか聞いてないし!」


 画面に向かって叫び嘆いたところでもはやどうにもならない。

 突然のサービス終了という裏切り行為に、僕は失望と怒りで発狂寸前だった。


「なんでこんな急なんだよ! ユーザーがどう思うかくらい分かるだろ! 何年運営やってんだよっ!」


 狭いアパートの一室に、正直言ってキモいおっさんの怒声が響き渡った。

 ドン、と天井から音。普段ならひいいすみませんと謝るところだが今日の僕にそんな余裕はなかった。


「うっせーんだよカス! お前の人生もサ終したいのかっ!!」


 2階からドンドンと荒っぽく階段を下りてくる音。僕は部屋の電気を消し、トイレに隠れた。

 入口の扉を何度も殴りつける音。息を潜めてその音が消えるのを待った。


「どうして、どうしてこんなことになったんだ」


 便座に座り、泣きそうになりながら小声で呟く。

 光一つない、暗闇の中。頭の中をよぎるのは今までずっと遊んできたゲームの思い出。

 そのゲームはもう遊ぶことが出来ない。ついさっきサービス終了が告知されたからだ。

 そのゲームは"Transition Wars -Nornir-"去年十周年を迎えた長寿のソーシャルゲームだった。僕はこのゲームが大好きで大好きで、サービス開始から欠かさず毎日ログインし続けていたし、課金額も百万は軽く超えている。なんなら要望も積極的に出し、ゲームの質の向上に貢献してきた自信すらある。

 それはもはや人生の、いや、体の一部だったと言っていい。

 そのゲームが、十年以上も続いたゲームがこんなに唐突に終わってしまうなんて。

 確かにメインストーリーは完結していたようなものだし、実装するキャラもネタ切れ感が出ていたし、イベントシナリオも本編にかすりもしないどころか世界観から大きく外れた一発ネタの繰り返しになっていた。

 それでも、それでもまだ僕はこのゲームが大好きだったし、まだまだ続くって思っていたのに。

 虚無だ。

 トイレの暗闇の中で、胸にぽっかりと開いた孤独に押しつぶされていると、スマホからショートメッセージの通知音が鳴り響いた。画面上部の通知メッセージが示していたのは、僕の高校時代からの友人。


『とんでもない事になっ――


 うるせえ、こっちはもっととんでもないんだよ。

 内容をろくに確認することもなく僕は画面から目を離す。


「疲れた」


 なにもしたくない。

 全身にのしかかる倦怠感。指の一本動かすのすら辛い。息をするのもだるい。

 まだ眠るにはあまりに早すぎる時間だけれど、僕はベッドに横になった。

 眠れる気はしないけれど、何も考えたくない。

 ぼんやりと暗闇の中に身を沈めていると、気が付けば意識は遠くなっていた。



 翌日。

 目を覚まし、体を起こすと、なんだか妙に体が軽くなったように感じた。

 気分は憂鬱だが、昨日に比べれば悪くはない。

 ん、あれ?

 なんだこれ――

 腕に触れる、何か長いものの感触。

 白っぽい、長い、髪の毛……?

 ひっぱってみると、自分の頭から伸びていた。それも、体の両側から。

 え、いや、嘘だろ?

 ベッドから飛び起きて洗面所へ向かう。

 鏡に映っているのは、可愛らしい銀髪のツインテールの女の子だった。


「どうなってんの……」


 ぼけぇーっとしばらく鏡を見続けていた。

 白髪……というか銀髪のように見えるホワイトアッシュの長い髪。そのツインテールは小さな黒いリボンで縛られ、先端は腰まで伸びている。やや気怠さを感じるとろんとした可愛らしい目には、翡翠のような美しい瞳。背丈は低く、可愛らしい顔の輪郭はどこか子供っぽさも感じ、中学生くらいに見られても不思議はない。

 元は43のおっさんなんだが…

 これ、体が寝ている間に変化したんだろうか。ならこのリボンはどっからやってきたのか。いったいどういう原理だ。髪が緑だったらミクさんだったな、とか本当にどうでもいいことばかり考えてしまう。

 ぼんやりとその姿を眺めていて、ようやく気づく。

 この子……ノル(Transition Wars -Nornir-の俗称)に登場する「リア」?

 正確には剣姫リア・シルヴィア。サービス開始から存在している恒常ガチャの最高レアの子で、性能的にはぶっちゃけ外れの子だ。使えないけどイラストが可愛いから許されている、そんな扱いの子。中確率の即死効果の貫通単体遠距離攻撃が出来るけど、火力がしょぼくて使えないっていうやつ。せめて範囲なら雑魚処理に使えたんだけど。貫通攻撃で即死効果付きの能力はキャラ全体を見ても非常に珍しく、この一点だけで独自性がある。が、この即死自体が強敵にはまず通らないので完全に空気。たまにいる即死耐性のない強敵にぶつけて運ゲークリアするのに一応使えるけど、ステータスが低くて死にやすいのでかなり使いづらい。それをカバーする為なのか一応死んでも一回復活できる能力がついてるけど、そもそもすぐ死ぬような強敵相手に一回生き返ったところでなんも出来ない糞アビでしかない。このキャラ使うくらいなら他にいくらでもいる強キャラに育成のリソースを割いたほうがなんぼかマシである。しかも能力はどう見ても手持ちの魔剣由来で、この子自体はちょっと剣を振れる程度の可愛いお姫様にしか見えない。その剣を他の奴に持たせた方が遥かにマシとファンからよく突っ込まれている。特段彼女のストーリーが深堀されたこともないし、マジで何で世界を救う戦いに向かう英雄たちの中にこいつがいるのか謎でマスコットだの枕営業だの慰安婦だの言いたい放題された若干可哀そうなキャラだ(オタク特有の超早口辛口批評)。

 でもこの子可愛いんだよなあ。

 初心者がこの子強いですかって聞いてきたら可愛いよって返すのが定番だったなあ。

 出番ほとんどないのにファンアートがそこそこあって……

 いいゲームだったよなあ、ほんと。

 僕は泣きそうになるのを必死に抑え、部屋に戻り椅子に座り、パソコンを立ち上げた。

 SNSの公式アカウント、公式サイトを確認するが、やはりサ終に変わりはない。ログインも出来ない。

 やることがなくなって、急に時間を持て余してしまった。

 急に変身したのが無職の僕でよかったけれど、他の人だったらどうするんだ。この姿で出勤して働けるだろうか。っていうか僕もこれからどうしようかな。貯金はかなりあるから別に仕事が無くてもなんとかなるけれど、人生設計がかなり狂ったことに変わりはない。

 あー、これだけ可愛かったら顔出し配信とかすれば稼げたりするだろうか。

 昔、ゲームの配信をした時のことを思い出していた。2時間ほど放送して同接が最高で2人とかそんなだったな。見に来た人がほんとに一瞬でどっか行くんだよな。

 とりあえずゲーム実況って事で配信開始して~っと。名前なんにしようかな、まんま同じ名前使うのはちょっと。う~ん、銀林リアのゲーム配信、でいっか。うん、顔出しなんて初めてだけどうまく映ってるっぽい。さて、ゲームは何にしようかな。

 そこはやっぱりノルでしょ~。ノルこめ~~~。


「そうだ、サ終したんだった」


 サービス終了を示す画像を前に机に突っ伏してしまった。

 はぁ……何しよ。

 デスクトップを眺め、前に遊んでいたゲームをチェックする。

 あ~、ホロキュアがあるじゃん。よく実況されてるしこれでいいか。

 ゲームを起動して、キャラ選択で悩んでいると視聴者が一人入ってきた。

『こんにちは! かわいいですねっ!』

 配信して挨拶されたことなんか一度もないぞ。やっぱり顔か、顔なんだなこの野郎。


「こんにちは~っ! 今日はホロキュアで遊ぼうかなって思ってまぁ~す」


 なんだこの声、めっちゃ可愛い。アニメか何かか?

 この間に同接が4人に。既に最高記録を突破した。まだゲーム開始してもいないんだが。最強か?


『めっちゃ可愛い! 何歳?』『高校生?』『中学生でしょ』


「43だよ! いきなり歳聞くとか失礼だろ」


『オバサンwコミュ抜けますw』『え?13?』『嘘下手すぎて草』『13歳ね、了解』


 当然だけど全く信じてもらえていない。別にいいけど。


「あ~はいはい。あ~~、誰にしよっかなぁ~、ココ先輩にしようかな~!」


『ココ弱くない?』『それ雑魚』『使いにくいからやめとけ』

 いきなり指示厨ばっかりだな!


「うっせ~なぁ! ココ先輩可愛いだろうが!」


『怒った声もかわいい!』『死んだらはめるタイプね』『ミスったら脱ぐってマジ!?!??!?」

 通報してやろうかこいつら。

 ゲームを開始し、適当に進めているが特にミスすることもなく、見せ場も特になくクリア。

 次々とステージを進めていく。


『うまくね?』『43にこの動きは無理でしょ』『雑魚とか言ってごめん』

 確かに妙に簡単に感じる。こんなに簡単なゲームだっただろうか。体が若くなったから動体視力とか反応とかも良くなってるのかもしれない。これならもっと難しいゲームも簡単に出来る気がする。

 だいぶ昔に買ってノーマルだけクリアして投げたシューティングゲームを起動してみる。

『急に東方は草』『13歳は東方しないでしょ、急におばさん感出てきた』『やっぱり43だったんですね』『今は若い子に人気あるよ』『地霊殿むずくね?』『パチュマリはないわ、マリアリ以外認めない』『↑4氏ね』『マリアリは国是、パチュマリは国辱』

 コメント欄で無益な論争が始まっていた。気づけば同接200を超えている。嘘だろ、人気配信者かよ。

 何年かぶりのプレイだけれど特に苦も無くミスもない。こんなに上手いならもしかしてeスポーツとかも出来るんじゃ?

 と思っていたら初見殺しのスペカで死んだ。

 そうそう、このゲームこういうの結構あるんだった。パターン忘れてたらクリアできないよね。


「はぁ~ミスしちゃった。次はもっと頑張るから、チャンネル登録よろしくね~! ばいば~い」


 2時間くらい配信してたけど、誰もノルのキャラだって気づく人いなかったな。10年も続いたけど、マイナーな村ゲー(※規模の小さなプラットフォームのゲームを意味する蔑称の方)のキャラだから仕方ないか。他の有名なゲームにも似たキャラいたりするし、そもそも気にもしないかな。

 同接結構行ったから、もしかしたらそのうち収益化とかもいけたりするかも?

 やばい、なんかワクワクしてきた。

 そんな事を妄想しながら、ご飯の用意をする。昨日買って冷蔵庫に突っ込んでいた半額の総菜をレンジ温めながら、豆腐を切る。豆腐は安くておなか一杯になれて栄養価も高い一人暮らしの強い味方なのだ。今は150gあたり30円くらいの豆腐だけど、収益化できたら100円を超える贅沢豆腐も買えるかも!

 ふっふっふっ!

 そんな妄想を膨らませながら手に乗せた豆腐を切っていると、手に刺すような痛みが走った。

 痛い……最悪だぁ……

 間違って手も切ってしまっていた。

 慌てて血を洗い流す。掌の切り傷からはすぐにまた血が出てきた。

 今までこんなことなかったのに。

 まさかだけど、この包丁にまで貫通効果が乗ってるとかないよね。もしそうなら見た目だけじゃなくて能力まで反映されていることになるんだけど。

 あ~もうこれ、血止まってくれないかなぁ~。

 左手の傷口を右手の人差し指でなぞると、急に痛みが引き、血が消え、傷口がきれいになくなっていた。


「いや……嘘でしょ……なにこれ」


 思い当たるのはリアの死亡時復活の能力。この能力は別に死ななくても普通に発動できる一般的な回復魔法の一種だったんだろうか?

 じゃあ普通にヒーラーとして実装してくれよ! その方が絶対に使える場面が多かったのに!

 糞! 糞運営!

 はぁ、もう終わっちゃったゲームに文句言っても仕方ないか。

 チーンという小気味の良いレンジの音。総菜の温めが終わったみたいだった。

 その背後で、スマホからショートメッセージの通知音が響いていたのに、僕は気づいていなかった。

えっちなのはないです

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