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黒猫と人形遣いの禁呪録  作者: 白井ムク
第一章 マリアベル
12/50

12.ああ、ただの馬鹿ってやつかしら?

「さて、ひと暴れといきますかぁ。おい魔女、足だけは引っ張るんじゃねぇぞ!」

「あんたの尻拭いの間違いじゃなくって?」


 大剣使いが豪快に笑いながら駆け出した。

 それと同時に、魔女は杖を握り、低くなにかを詠唱し始める。


 ——と。


「おらぁーーーっ!」


 大剣使いが勢いよく跳び上がり、その巨体とは思えぬ機敏さで宙を舞う。目指すは目の前の巨大な赤毛の熊——レッドコートベア。

 その巨獣に向けて、彼は身の丈ほどもある大剣を振り下ろした。


 熊は腕を振り上げ、反撃しようとする。

 が——その腕が、音もなく宙を舞った。


「大将、ありがとよ!」


 その一言が、状況を物語る。どうやら人形遣いがすでに一閃を放ち、その腕を斬り落としていたらしい。


 次の瞬間、大剣がレッドコートベアの巨躯を真っ二つに割った。熊の身体は崩れ、地面に轟音とともに倒れ込む。


「おい、妖魔どもっ! この俺様が相手してやるぜ!」


 大剣使いは挑発するように吼えながら、巨大な剣を振り回す。その様子は、斬るというよりも、吹き飛ばす、叩き潰す、といったほうが正しい。


 払う、払う、払う——。


 自分よりも遥かに大きな魔獣たちすら、彼の一撃で簡単に吹き飛び、あるいは砕かれ、肉片となって血飛沫を撒き散らす。その凄惨な光景に、マリアベルは思わず吐き気を催したが、視線を逸らし、必死に祈りに集中した。


『相変わらず品がないわね……』

「品? んな邪魔なもん俺様には必要ねぇ! 力こそ正義! 強さがすべてなんだよ!」


 そのとき——




「あは……あはははははははっ!」




 突然、魔女の身体から炎が巻き上がった。その炎は彼女の周囲を包み込み、狂気にも似た熱気を放つ。


「ああ、熱い、熱い……これが滾るって感覚なのね……渇くわ、もっと燃やしたい……ああ、狂おしい……くふっ、あははははっ!」


 魔女の声は陶酔に満ち、その姿はまさに魔そのものだった。彼女は杖を高く掲げ、次々と炎の塊を魔獣たちに向けて放つ。


「燃えろ! 燃え尽きろっ! あははははっ!」


 無数の炎が宙を舞い、魔獣たちを次々と焼き払っていく。黒い瘴気を纏った魔獣たちは、声を上げる暇もなく燃え落ち、ただ肉塊を残して崩れ落ちた。


 その惨状の中で、魔女は恍惚とした笑みを浮かべている。彼女の目には狂気が宿り、その笑い声は異様に響く。

 マリアベルはその姿に戦慄を覚え、思わず震えた。


(あれが、魔女……)


 その力の圧倒的な暴力性に、マリアベルは恐怖と嫌悪、そして呆然とした驚きを抱かざるを得なかった。


『ほんと、品がないわね……悪趣味もいいところ。あなたのお人形さんたち』


 ロゼは呆れたように「ニャア」と鳴きながら前足を丁寧に舐めた。

 散り散りに飛び散る肉塊、燃え上がる炎——その惨状を目の当たりにしても、まるで日常茶飯事といった様子だ。


『さて、私たちはグリモアを回収しましょうか?』


 ロゼの言葉に、人形遣いがゆっくりと歩き出す。

 燃え盛る炎の熱気も、舞い散る血の臭いも意に介さず、静かに悪魔へと歩を進める姿は、まるで春の日差しの下、川辺を散歩するかのような悠然さだった。


『さあ、グリモアを渡してちょうだい』


 ロゼの穏やかな声が響く。


「渡サナイ……! オレ、マダ喰イ足リナイ!」


 悪魔の顔が歪み、声は憎悪に満ちている。


『あら、腹ペコさんね。こんなに魂を喰らっておいてまだ足りないなんて……まるで蝿の王の眷族そのもの』


 その一言に、悪魔の右目がピクリと反応した。


『百寿喰、鬼劫術、そしてこの霧幻匣——この三つを結びつけるものなんて、それ以外ありえないでしょう?』

「貴様……ナゼ、アノ御方ヲ知ッテイル……!」

『まあ、ちょっと顔見知りってやつよ』


 ロゼは軽やかに言い放った。その言葉に、悪魔は明らかに苛立ちを見せる。


「顔見知リ……? 馬鹿ナ……!」

『それにしても、あなたって低級よね。やることが雑で目立ちたがり屋。ああ、ただの馬鹿ってやつかしら?』


 ロゼの言葉に悪魔の目が赤く燃え上がるように光る。


「グヌヌヌ……! 低級ダト……? 馬鹿ダトォ……? 許サナイ!」


 その瞬間、悪魔の身体が微かに動いた。

 刹那——人形遣いの立つ石畳が爆音とともに粉々に砕け散る。砕けた石の破片が宙を舞い、教会内に激しい風圧が生まれた。


 悪魔はにやりと不敵に笑う——が、その表情はすぐに困惑へと変わった。


「アデ……?」


 そこに、人形遣いはいない。圧倒的な攻撃が手応えなく空を切り、悪魔は焦燥に駆られて周囲を見回す。


 人形遣いは、すでに悪魔の背後に立っていた。その瞳に宿るのは静かな殺意と、冷徹な光だけ。


 すう——と、静かに息を呑む。

 その瞬間、悪魔の背中から紫色の血が噴き出した。


「グガガガガッ……!」


 悪魔の身体が苦痛にのたうち回る。振り返りざま、鋭い爪で反撃を試みるが——人形遣いの姿は、また消えた——否、しゃがんでいる。低く体勢を沈め、爪の軌道を見切ってかわしていたのだ。


 すう——再び息を呑み、剣を引き抜く。その刹那、煌めく刀身が闇の中に白い波紋を描いた。


「ア……アガァ……!」


 悪魔は震える手で首を抑える。だが、その行為は無意味だった。次の瞬間、太い首が転がり落ちる。


「オレ、ナンデ……オレ、ナニモ、悪クナイ……神ノ使イ……ナノニ……」


 悪魔の呻き声は、消え入りそうなものだった。


「よく喋る……滅せよ、悪魔——」


 剣の刀身が青白く光を放つ。その光が瞬き、縦一線に振り下ろされると、悪魔の頭は真っ二つに裂けた。斬られた箇所から、まるで火のついた炭が灰になるように、悪魔の身体は静かに崩れ落ち、消えていく。


「オマエ、ナンダ……?」


 悪魔の問いかけに人形遣いは応えない。興味もなさそうに祭壇のほうへ歩み去る。


「オマエ、ナン……ダ……——」


 ちん——剣を収める鈍い金属音が教会に響くと同時に、悪魔の身体は燃えかすのように残った部分までもが完全に消え去った。

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