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第一編「敵わないくらい」

「知ってる? 蛍ってね、死んでからも光るらしいのよ」


 いつだったか、動物モノのドキュメンタリーを見ながら、ママが言ったことを思い出した。

 でも、ただ死ぬだけじゃダメで、蛍を乾燥させ、酸素と反応させたり何だりが必要だとか。


 面倒(めんどう)そうだけど、そうすれば死んでからも、一年間くらいは光っているらしい。

 まあ、一説らしいけど。


 ……何か、むかつく。死んでからも綺麗なんて、反則じゃない。


 私は辺りに乱舞している、蛍どもを(にら)みつけた。

 ついでに足元の、川辺の砂を(つか)んで蛍に投げつける。

 ざまあみろ。いや全然、光は弱くなってないけどね!!


「はーあ。死ぬつもりで来たのになぁ」

 そのため、真夜中にこの渓谷(けいこく)に来たんだけど……先客がいた。

 もちろん、このぴかぴかしてる奴らだ。


 蛍の発光時間は、日没から二時間くらい。

 それを過ぎれば蛍は光らないし、見物客もいなくなる。

 これだけ下調べしてから来たというのに。


 何なんだ、この蛍どもは。

 全く、……本当に綺麗(きれい)

 こんな綺麗なものを見たら、心が洗われて、入水自殺する気なんか……。


「なくなると思うか、こんちくしょう!!」

 今度は足元の、大き目の石を投げつけようとして……やめた。

 どうせ当たんないし、腕が(つか)れるだけだ。

 それに何だか、馬鹿馬鹿しくなってきた。


 蛍は死んでも綺麗だけど、私は死んでも綺麗にはなれない。

 入水自殺ならなおさら、体が(ふく)れ上がって、すごい臭いになるとか言うし。


 彼と別れたから、当てつけに死んでやろうと思ったけど……確か遺体の確認って、家族がやるんじゃ?

 ドラマとかだと、そうだよね。

 じゃあ、私の死体は、あいつの目には()れない? 

 ……だったら私、すっごい馬鹿じゃない!?


「あー、もう。帰ろ、帰ろ! 高いガソリン代かけて来て、馬鹿みたい」

 車を止めた場所に向かって、歩き出す。

 すると、暗がりから声がした。


「お帰り。蛍は見れた?」

 顔が見えなくてもわかる。彼氏だ。

 ……元、だけど。


「──ええ。何でか、ね」

 そう言うと彼は、嬉しそうな声になった。

「それは良かった。君の日頃の行いがいいからだよ、きっと」


 自分のことじゃなく、私のことで喜んでる。

 そんなお人よしのとこが(しゃく)(さわ)って、別れた……んだけど。

 私は彼の顔が見える位置まで近づき、手を差し出した。


「……まだ見えるはずよ。だから、一緒に」

 行こう、と(ささや)くと、彼は顔をぱっと明るくさせ、私の手を取った。

 

 ──ほんと、ばっかみたい。


 心の中で呟く。

 本当はね、来てくれるって信じてたんだ。

 そして、そっと彼の顔を盗み見る。

 彼は笑っている。

 少年のように、楽しそうに、嬉しそうに。


 ……前言撤回(てっかい)

 確かに蛍は綺麗だけど、それよりも綺麗なものがある。

 私はきゅっ、と(にぎ)った手に力を入れた。


 そうだ。

 私にとって、蛍よりも何よりも、綺麗なもの。

 それはあなただ。


 そうね、自慢(じまん)してやろうかな。

 自分が一番美しいと思っている蛍に、彼のことを。


 彼はね。

 あんた達が束になっても(かな)わないくらい、綺麗な心の持ち主だってことを、ね!!

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