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手記

作者: 栗原まろん

XX月XX日

 昨日の夜、西の海で人魚が死んだ。この国では珍しいことではないらしい。人魚は比較的浅い海に生息するらしく、船などとぶつかってしまうのだとか。ただ、私はこの国に来てからまだ日が浅いのでこういったニュースを見るのは初めてだった。

 この国に来てから、と言っても、越してきたわけではない。海で漂流し、砂浜に打ち上げられていたところを、そこを偶然通りかかったとある年老いた夫妻に拾われたのである。夫妻はとても優しく、何一つ不自由のない生活を私に与えてくれた。ありがたい限りだ。

 人魚といえば、人魚の体の一部を食べると不老不死になるという伝説があるがあれは本当のことなのだろうか。しかしこの国に人魚を食べた者に対する刑罰が存在するということは、そういうことなのだろう。そんなことを考えながら夫妻がおやつに用意してくれたドーナツに手を伸ばす。おいしい。私は子供の頃からドーナツが好きだった。

 今日は天気もいいし、このドーナツを食べ終わったら散歩にでも出かけようか。いやしかし、道がわからないので一人で外を歩くことは危険だ。外に出るのはやめて、まだ入ったことがない部屋もあるこの広い家の中を探索してみることにしよう。夫妻に許可をもらいに行かないと。



XX月XX日

 昨日は家を探索し疲れてそのまま眠ってしまった。昨日の探索の成果といえば、書斎を漁っていたときに見つけたこのノートだ。これをノートと言っても良いのかと迷うほどに分厚いノートで、妙に惹かれるものがあった。夫妻に聞いたところ、特に覚えがないようで、引き取っても良いか訪ねたら快く了承された。

 ソファーの上に置いてあるドーナツ型のクッションを抱えながら中身を少し覗いたところ、なにかの台本のような構成になっていた。ト書きと呼ばれる演者の動きを指定する文や、セリフがとても小さな文字でびっしり書かれている。高校演劇に青春をつぎ込んだときの記憶がフラッシュバックして懐かしい。

 ただ、少し気になることといえば、主人公の名前が私と同姓同名であることくらいか。



XX月XX日

 どうやらこのノートは、私の生涯の言動が全て書かれた台本らしい。私が産声をあげてから今このノートを見つけるまでのエピソードが、一つも欠けることなく書かれていた。過去の私はよくドーナツを食べていて面白い。ノートを見つけてから死ぬまでのページは怖くて読み進めることができなかった。

 なぜこのようなものがこの家の書斎にあったのか、私には知る由もない。

 なんだか気分が悪くなったので、今日はもう寝よう。



XX月XX日

 昨日はかなり早い時間に眠りについたがよく眠れなかった。少し体調が悪い。夜中にふと目が覚めたとき、暗い寝室の中で昔のことを思い出した。

 ある日の夜、ちょうど今日のように夜中に目が覚めたとき、私の目の前に人魚と死神が現れた。すぐに夢を疑えるほど私の脳味噌は仕事をしていなかった。人魚の耳にはドーナツの形のピアス。人魚もピアスをするんだ、とか、陸でも呼吸できるんだ、とか、なんでこの二人が一緒にいるんだ、とか、ツッコミどころは多かったけど、今思えば夢だったのだから何でもありだ。

 人魚は、人間の言葉ではない言葉で私に喋りかけてきた。死神は人間の言葉も人魚の言葉も話せるようだった。しかし不思議と、死神の通訳が無くとも人魚の言葉が理解できた。

 人魚は私に向かって、ある仕事を押し付けてきた。死神は私に向かって、余命を宣告してきた。

 私の余命は3年。あの時の私は何故かそれをすんなり受け入れた。

 その後、心底面倒だったが、言われたことは守らないといけない気がしたので、私は人魚に言われた通りの仕事をこなした。砂浜で光る貝殻を見つけ、洞窟の奥の壺に入れるという仕事だ。思っていたよりすぐに終わったのでそのまま寄り道はせずに家に帰った。その日の夢では人魚にお礼を言われたのを覚えている。朝起きると少しのお金と人魚の鱗らしきものが1枚だけ枕元に置いてあった。その鱗はあまりにも綺麗だったので今でも肌身離さず持ち歩いている。

 人魚の顔は覚えていないし、ニュースでも死んだ人魚の顔までは報道されない。もしかしたらこの間テレビで報道されていた人魚はあのときの人魚かもしれない。そう思うと少し悲しい。

 死神が私に余命を宣告してから今日でちょうど3年。

 夢のことはあの台本には書いてあったのだろうか。今思えばノートを見つけるページから終わりのページまではかなり薄かった。人は産まれる瞬間と死ぬ瞬間は選べない。台本を読んで思い出した。夫妻に拾われる前、私は余命が近いから、せめて最後に楽しいことをしようと思い船に乗ったのだ。まさかそれが沈没してこんな所に漂流するとは思いもしなかったが、まぁこれも何かの縁かもしれない。

 海で人魚を捕獲して食べてしまおうとも思ったが、そんな気力を起こさせないほど3年前に見つかった私の病気は身体中に巣を作っていたらしい。

 終わりは近いのだろう。目の前に死神が現れた。

︎︎ペンを持つ右手は震え、鱗を握る左手に込める力は強くなる。日記に殴り書いた文字は時を重ねる毎にか細くなっていく。身体中全ての部位が痛いと悲鳴をあげている。口の中には血が溜まって今にも吐きそうだ。死神は私の首元に鎌を当て、「最後の晩餐は何がいいですか」と聞いてきた。

 最後の晩餐で死神に人魚の肉を頼んだら不老不死になれるのではないかという思考が頭をよぎったが、今更不死の体を手に入れたとてやりたいこともないのでこの回答は封印することにした。それに何より、人魚の肉を喰らって不老不死になった後お縄にかかるのは勘弁だとも思った。やはりこれは封印しよう。そんなことを考えていたら死神がもう一度聞いてきた。「最後の晩餐は何がいいですか」

 最後の晩餐はドーナツが食べたい。


【了】

初投稿。栗原まろんです。御清覧ありがとうございました。

今後は気が向いたときにマイペースに不定期投稿する予定です。以後お見知り置きください✸

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