メロンソーダフロートと夏の日の一幕
暑い夏の日の午後だった。学校が午前中の授業で終わったので、私はいつもの喫茶店へ足を運んだ。
冷房の効いた店内は暑さから逃れようとやって来た人々によって賑わっていた。
「すみません、満席です」
あらら、満席かぁ。私は炎天下の中をうろつく気にはなれず、どうするか悩んだ。
「こっち、座ったら?」
うっ、ちゃっかりカウンター席を確保していたサバサバ系女子が来い来いと、手を振っていた。
この混雑の中でもシレッと特等席をキープしているあたりは流石はライバルだと思った。そしてありがたく好意を受け取る。
彼女は無口だ。三人掛けの奥に席をズレてくれて、お礼を言っても知らんぷりのすまし顔だ。
この席は、正面も横も壁だ。店内の喧騒の声はあまり届かず、インテリアを眺め、流れるジャズの音を耳に入れ自分の世界に浸れる。
その大切な時間と場所の一部を譲ってくれるのだから、とても親切な子だと思う。私がこの喫茶店を思い出し、いま再び後悔しているのは、彼女と連絡先を交換しておけばと思った事だ。
同世代の客同士、なんとなく互いに好意を持っていたはず。学校で会った友人達よりも、趣味や興味が合うというだけで、親しくなれたんじゃないかと思ったのだ。
そんな私をからかうようにサバサバ系女子は言うのだ。
「この暑いのに、まさかホットコーヒーなんて頼まないよね」
痛烈な一撃だ。貧乏学生の懐事情なんて察していて、あえて違うのを頼めというのだ。
そういう彼女はレモンスカッシュを頼んでいた。悔しいけれど、格好いいと思ってしまう。
この喫茶店のレモンスカッシュは、炭酸サーバーで炭酸を作るため、シュワシュワ~とした強めの炭酸が楽しめる。
グラスは、他の店ではパフェグラスにも使う細長い三角のもの。レモン果汁の原液にストロー、氷、を入れ炭酸を注ぐ。最後に缶詰のチェリーを乗せ提供される。
ガムシロップはお好みで入れる。彼女は酸っぱいレモンスカッシュのストローを口にして、そのまま吸う。
味覚や好みに違いはあって当然だけど、なんとなくまた先を越された感じがした。同時に教えられた気がする。
「すみません、私はメロンソーダフロートで」
ふふ、言ってやったよ。隣に座るサバサバ系女子から「おぉ、チャレンジャー」 と、ハスキーな声が漏れる。
メロンソーダもグラスにメロンシロップの原液にストローにロングスプーン、氷がセットされる。炭酸サーバーで炭酸をつくり、泡を立てながら緑色の綺麗な液体に変わる。
メロンソーダフロートなのでアイスも投入する。アイスクリームはアイスを丸くする、アイスディシャーを使い、メロンソーダにバニラアイスを乗せる。チェリーを添えて運ばれて来た時、なんだか懐かしく晴やかな気分になった。
夏場にはかき氷もあるし、パフェもある。でも、ちょっと大人な彼女にあやかり、小洒落た物を頼みたくなった。
「一人だと頼みづらいよね」
ボソッと告げる彼女は、やはりわかってくれていた。そう、このカウンターの席は、こういう物を頼むのにも向いているのだ。
何せ他の客席からは仕切りもあり背を向けているので、何を頼もうと注目されない。
それを一杯のホットコーヒーだけで済ませる眼鏡の老紳士の域に達するには、私達はまだまだ積み重ねた歴史が浅いと思い知らされる。
スプーンで掬ったバニラアイスをシュワシュワ~とした甘めのメロンソーダに溶かし過ぎないように浸して一緒に口へと咥える。少し品のかける食べ方でもいいのだ。
火照った身体の中から冷やされ、生き返るようだ。この店がある事と、相席にしてこの至福の時を与えてくれた彼女に感謝した。
涼まった私達は、次の炎天下の避難客のために席をあける。暑い中、外へ出るのに私も彼女も不思議と笑顔で階段を降りて行った。
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炎天下なので、お話しをかき氷にするか迷いました。冷たいデザートとして、パフェにクリームあんみつなどもあった覚えがあります。
生ビールや瓶ビールに乾き物のおつまみもありましたが、学生なので飲酒は駄目という事で却下、レモンスカッシュとメロンソーダフロートに落ち着きました。
レモンスカッシュによく似た飲み物にレモネードがあります。
レモンスカッシュとレモネードの違いは炭酸を使うかどうかが、一般的な区別かと思いました。しかし国によってはレモネードがレモンスカッシュのように炭酸を使って割ることをさす場合があるようですね。
アメリカンおじさんならどんな蘊蓄を聞かせてくれたのでしょうか。今回は、そんな事も思い起こすドリンクメニューでした。
短編連作の八話目となります。