丸眼鏡先生と和風ハンバーグ
ゆったりとした時間を持つのは大切な事なんだなと、大人になってから身に沁みて感じた。
店内を流れるジャズ、漂うコーヒーの香り。贅沢に時間を使いながら、私は珍しく店内に長く滞在し、レポートを仕上げていた。
この日は朝から大雨で、決まった常連客さえ足が遠のいていたので、ずっと空いていた。
モーニングセットを頼みホットサンドを食べているので、珈琲一杯で粘り続けたわけではない。でもトレーはとっくに下げられていたので、後から見れば誤解されただろう。
この喫茶店に来て、コーヒーのおかわり回数も更新した頃に、見慣れた初老の男が店内に入って来た。
私が丸眼鏡先生と呼ぶ、学校の教師が来ると思わず焦った。
「おや、君はうちの生徒の。こんな所まで来て勉強かね。感心感心」
丸眼鏡先生は穏やかな物言いで、昼時のピークを過ぎたお店で、ランチメニューから、おすすめの和風ハンバーグを注文する。デミグラスソース、トマトソース、和風ソースと、ハンバーグだけで迷わせてくれる中、おすすめならと頼んでしまう。
和風ハンバーグのソースはお店によって違う。たいていはハンバーグの上や横に大根おろし、大葉、醤油ダレといった感じだろう。
このお店では、玉ねぎをミキサーでみじん切りにし、めんつゆ、みりん、にんにく、生姜を投入し火を通す。
ハンバーグはレトルトのパウチされたものを湯煎して提供するだけなのだが、肉汁が豊富で量もあり市販のものとは違う。
仕上げにハンバーグに和風のソースをたっぷりとかけて、上から刻み海苔をまぶす。
サラダにはサウザンドレッシングがかけられている。付け合せのパスタは人参、きゅうり、スライス玉ねぎをマヨネーズと酢で和えられていて食欲を促す。
これにお味噌汁、ライスがつく。丸眼鏡先生は食前にホットコーヒーを頼み、学校でいる時よりもさらにまったりとしている気がした。
しかし和風ハンバーグが運ばれて来ると、目つきが変わる。丸眼鏡を外し、立ち昇る湯気に邪魔される事なく箸でお味噌汁を一口、具を確認するように食べる。
箸使いの作法というより、このお店の常連客らしい所作。なかなか出来る。
そしてメインのハンバーグを食べやすいサイズにカットして口へと運ぶ。見るからに柔らかくうまそう。熱いのでハフハフしているかわいいおじさんが、教師だと思いたくないくらい夢中だ。
ハンバーグ、ライスと口にし、サラダ付け合せのパスタ、お味噌汁をうまく間に挟む。食べっぷりは学生達より若いんじゃないだろうか。
あっという間に和風ハンバーグ定食を平らげ、通らしく食後のコーヒーのおかわりを頼む。
食事を堪能し丸眼鏡先生は早々に帰っていった。後で店員さんに聞いた話しでは、丸眼鏡先生はおすすめ和風ハンバーグ専門の常連客だそうだ。
この喫茶店では、そうしたメニューに付く常連客がいるそうで、丸眼鏡先生の他に、品の良いおばさまなど和風ハンバーグファンは結構いるとの事だ。
私はまだメニューを開拓している程度の若造なんだと改めて思い知らされた。負けた気がして悔しいけれど、遅めのランチで和風ハンバーグを頼んだ。せめて一矢報いるためにも、ライスは大盛りにしたのだった。
和風ハンバーグのレシピは当時のお店のものとは若干違うかもしれません。
和風、それも大根おろしじゃないんだと驚いたのと、美味しかった記憶があります。
2023年10月15日 追記
ハンバーグは三種あったと記憶しており、和風ハンバーグには固定ファンがいたのを覚えています。
デミグラスソースハンバーグも、玉ねぎをみじん切りにして飴色になるまで炒め、赤ワイン、ソース、ケッチャプ、塩胡椒などを入れ、市販のハンイツかなにかのデミグラスソースと混ぜていた気がします。デミソースとしては完全にオリジナルではないのですが、ひと手間加わった分だけ美味しいくなるのでしょう。
イタリアンハンバーグは刻んだにんにくを炒め、トマトソース、ミートソースを足したもの。トマトソーススパゲティのソースと同じものなので、酸味も効いてこれも美味しい。
三種の中だと、和風ハンバーグが一番喫茶店のオリジナル性が高く、変わっていたんだなと改めて思いました。
和風といえば、この店の焼きうどんも、味付けはめんつゆだったのと、この店の他のメニューではあまり使わない刻み海苔がかかっていた気がします。