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4/10

サバサバ系女子とオムライス

 この所は講習を受けて居残りで課題を提出してから帰るので、遅くなっていた。毎日通うのは資金的には元々無理だったけれど、ホッと一息入れたい時に、喫茶店に行けないのは辛い。

 ゆったりした時間を持つことは、心の休養と栄養になっていたのかなと思う。


 ようやく店を訪れる事が出来たのは夕方だった。朝や昼と違って、喫茶店に来るお客さんは少ない。みんな帰って休みたいだろうし、人と会うため待ち合わせるなら、喫茶店で飲み食いするよりも居酒屋などに向かうからだ。


 私は逆に空いていてラッキーだと思った。ようやく念願のカウンター席に座れるかもとワクワクしながら、お店の階段を上がっていく。


 入口から覗けるカウンター席には、気だるそうに息抜きをする女の子が座っていた。落ち着くんだろうね、その席。ちょっと残念だけど私はもう一つ狙っていた、一番奥の席を選ぶことにした。こちらも老紳士の常連さんの席だ。


 店内と、外の景色をゆっくりと見渡せる特等席だ。この日は夕飯がてらオススメのオムライスを頼む。玉葱にピーマン、ウインナーを炒め、白飯を投入し、ケチャップ、塩胡椒で味を整える。出来たケチャップライスを茶碗に入れてお皿にひっくり返す。


 オムライスなので卵は必須。この店の卵は大玉なら二個、小玉なら三個だ。フライパンはオムライス専用で油を引き溶いた卵をかき混ぜながら焼く。そうして卵の表面が生の状態が残ったまま火を止めて、茶碗を外してスライドするように卵でケチャップライスを包む。


 ソースはトマトソーススパゲッティ用のソースとデミグラスハンバーグソースを半々に混ぜたものをかける。ふわとろ半熟オムライスと、コンソメスープ。不味いわけがない。


 ちゃんとしたオムライス専用店からすると、邪道かもしれないけれど喫茶店のオムライス、旨いのならこれが正解だと私は夢中で頬張る。ドリンクはもちろんホットコーヒーだ。食前と食後にきっちりいただく。


 食後のコーヒーを飲みながら満足気にふと店内へ目をやる。カウンターに

いた女の子はいなかった。もう少しだけ時間がズレていれば、なんて思うけどお店締まっちゃうよね。


 夕方から夜にかけての時間なら空いている事がわかったので、朝方無理に行かず、夕方に行く日も増えた。


 カウンターの席は、あの女の子と取り合いだ。同じ世代の年齢なので、ムキになっていたのかもしれない。

 私が先に座っていると、悔しそうに舌打ちされる。ただ嫌な舌打ちじゃなくて、向こうも何となく対抗意識があるような感じだった。


 年配の常連客の方が多いせいか、店員さんが情報を流してくれる。今では考えられないけれど、当時は結構フレンドリーな方が多かった。


 彼女は近くの飲食店で働いていた。夜にやって来るのは仕事の休憩中だったようだ。自分の働くお店にも休憩室はあるのに、しっかり休憩したくて来るらしい。


 自分の働くお店の混み具合によって休憩時間がズレるらしく、オーダーストップの時間近くになると、遠慮してドリンクだけで済ますらしい。

 時間内だし、お客なんだからと言っても「私ならムカつくもん」と微笑まれたそう。


 何というか働く仲間としてわかるよ、って言う気づかいが店員さんも嬉しかったそうだ。私はムキになって、彼女の休憩を邪魔したのかもと後悔した。


 そんな話しをした翌日、彼女がカウンターにいたので思わず話しかけた。


「そんな事でいちいち譲っていたら、癒やされに来たのに疲れるよ」


 彼女はサバサバ系女子、それも少しハスキーで艶っぽい声で笑った。ムキになって得意な私が先にいるのを見るのは楽しかったそうだ。


「朝方だって、あなたが先に座ってもみんな怒りはしないよ。ただ、わかってるんでしょ?」


 彼女も朝の常連客の佇まいを壊したくない一人だった。言うなれば同志。

 話せて良かった。それと、傍からみればくだらない気持ちをわかり会える子がいて嬉しかった。



 お互いに就職して忙しくなっていった。たまに喫茶店へ足を運んでみても彼女の姿を見る事はなかった。私も次第に足は遠のき、職場や自宅近くで落ち着く店を見つけ、ゆったりした時間を過ごすようになった。


 きっと彼女も同じかもしれない。ほんの一時とはいえ同じ価値を共有したのだ。知らないうちに雰囲気の似たお店で同じ空気を吸って、コーヒーを楽しんでいるかもしれない。


 願わくば、久しぶりにやって来た、懐かしい喫茶店で再会し、昔の他愛のない話しをしたいものだ。

 公式企画、秋の歴史2023 短編連作の四話目になります。

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