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「話をしようか、勤労青年。互いにとって、実りのある話を」


 そう言って笑った獏間に連れて行かれた先は、商店街にある寂れたビルの二階だった。


「ようこそ、獏間探偵事務所へ」

「はぁ……」


 踏み入れた室内は、デスクと椅子とノートパソコン、そして来客用だろうソファとローテーブルしかない。あまりにも物がなく寂しい部屋だ。


「仮住まいだから、殺風景でね~。君は、そこのソファにでもかけてくれ。あぁ、なにか飲むかい?」

「お、おかまいなく」

「いやいや、そうもいかないさ。大事な飯……お客様なんだから。ちょっと待っててね。えーと……なにかないかな~?」


 獏間が歩いて行く方を見ていると、デスクの後ろに小型の冷蔵庫がちらりと見えた。


(仮住まいってことは……ああ、引っ越し間近とか?)


 だが、それなら荷造りした段ボールなんかがあるはずだが、それもない。

 住んでるのに住んでないみたいで、変な感じだと、祈は居心地の悪さを覚える。

 必要最低限の物しかないそこでは、冷蔵庫の開閉音が妙に耳についた。


「悪いね、今は水しかないんだ。でも冷えてるから、どうぞ?」

 

 獏間はペットボトルの水を一本持ってきて、祈に差し出した。


「あの、本当におかまいなく……それより――」

「まぁまぁ、焦らないで。どうぞ、座って。リラックスしてくれよ」


 焦る祈へ、ぐいぐいペットボトルを押し付けてくる獏間。

 自分が大人しく水を受け取りソファに座るまで、相手はなにも話さないに違いないと感じた祈は、小さく礼を言ってペットボトルを受け取るとすすめられたソファに腰掛けた。


「よしよし。それじゃあ、話をしようか。――勤労青年、僕の言いたいことは、この前と同じ。ぜひ、僕のところで働いてほしい」

「…………」

「もちろん、断っても構わない。ただ、心境の変化があったのではないかな、と思って再度声をかけた次第だ」


 獏間は調子よく、滑らかに喋る。

 以前と同じだ。

 それが、どこか作り物めいた……芝居染みた違和感を与える。

 だから祈は探るように、相手の顔をじっと見てしまう。


 すると目が合って、獏間はふと微笑んだ。

 チリッと焼けつくように、目の奥が一瞬だけ熱くなる。

 

(……――っ!)


 これ以上、見てはいけない。


 脳が下した命令に従って、祈は獏間から目をそらした。そのとたん、心臓がドクドクとめまぐるしく動く。否が応でも自分が極度の緊張状態だったことを自覚させられ祈は唇を引き結んだ。


(今の、なんなんだよ……)


 獏間は、笑っただけ。

 それなのに、雰囲気が一変した。

 心臓を鷲掴みにされたような恐怖とも焦燥ともつかない何か……いうなれば圧を覚え、祈は反射的に獏間から視線を外したのだ。

 普通ならば失礼極まりない対応だが……。


「賢い判断だ」

「――え」


 露骨に顔を背けたというのに、獏間の声は楽しげだ。

 

「褒めたんだよ? ますます、気に入った」


 説明のつかない威圧感が消えた。

 そんな気がして祈が視線を戻せば、獏間は笑っていた。

 だが、これまでとは種類が違う。

 今までの言動のどれよりも自然に、愉快そうに見える。


「いいことを教えてあげるね。どれだけ見ても無駄。今のきみだと、僕のことは見破れない。その眼は不完全だ。続けたところで、眼の方が焼けただれたんじゃないかなぁ。危なかったね?」


 とんでもないことを、平然と言ってのける。

 そして、この男はやはり、祈が見えることに気づいている。


「……あんた、一体なんなんっすか?」

「言っただろう、変わり種専門の名探偵」


 こともなげに言われて、くらりと目眩を覚えた。


(なんだよ、名探偵って……!)


 名探偵なんて響き、推理小説じゃあるまいし大げさな。

 そもそも、変わり種ってなんだ。

 ああ、そうだ、まずはそこだと祈はなんとか平静を装い口を開いた。


「変わり種専門って、どういう……?」

「う~ん、変わり種専門っていうのは、普通なら扱わない依頼を受ける探偵ってことだよ」


 探偵が普通扱わない事件とは?

 ますます分からないと祈は首をひねる。


「……すんません、探偵業の普通の定義がわかんないっんすけど、探偵ってなんか調査する人っすよね? だったら普通やらないことって……ペット探しとか、落とし物捜索とかっすか?」

「はっはっはっ、面白い冗談だ」


 笑い飛ばされ、祈は閉口する。

 わりと、本気だったのだ。


 軽やかに人の言葉を笑い飛ばした獏間は、笑顔はそのままに口を閉じ、祈を見つめる。

 先ほどのことを思い出し思わず視線をそらすと、くすりとまた笑い声が聞こえ――それから、ガラスを思わせるような透明感のある声が、とんでもない単語を紡いだ。


「オカルト絡み」

「……へ?」


 聞き間違いを疑い、祈は間の抜けた声を上げる。

 だが、獏間は気にもとめず話を続けた。


「僕が受ける依頼は、そういう類のものだけだ」

「――」

 

 祈は、手を付けていないペットボトルをローテーブルに置いた。

 そのまま、席を立つ。


「すんません、俺失礼します」

「あれ? オカルトっていう表現は嫌いだったかい? それじゃあ、言い方を変えようか。摩訶不思議、神秘、超常現象、怪異……どれでも、好きな言い方をするといいよ」 

「好き嫌いの話じゃなくて……今は、そういう話に付き合ってる場合じゃ――」

 

 やっぱり警察を頼るべきだと腰を浮かせていた祈だったが、獏間の次の一言で動きを止めた。

 

「おいおい、ツレないことを言うなよ。きみの叔母さんの一件だって、まさしくオカルト絡みだろう」

「……それ、どういうことっすか。あんた、俺のせいだって警察署でも言ってたっすよね?」

「ああ。だってきみ、見える人間だろう」

「……それはっ」

「不完全だが、〝悪いモノ〟が見える人間だ。そして、そういう類のモノは、見える人間に強く惹かれる。良くも悪くもね。分かるかな?」

「いや、さっぱり」


 獏間は、祈の返答におかしそうに笑って「だろうね」と同意した。


「じゃあ、こう言えば伝わるかい? きみが見えているモノの中には、具現化した〝悪いモノ〟が含まれる。スーパーの男を覚えているだろう? あの男の暴走は、奴の負の感情を食べて肥大した〝悪いモノ〟が原因だ。……きみは、あの時も見えていただろう?」


 薄く笑う自称名探偵は、とんでもないことを言っている。

 相手にせず、立ち去るべきだ。そう思うのに、祈の足は動かない。

 それどころか、気がつけば授業を受ける生徒のように獏間の話に聞き入っていた。

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