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 着物姿の女の子。

 おかっぱ頭に切りそろえられた髪。

 左右で色の違う大きな目がじっと祈を見ている。


「この子かい、スズ君?」

「……っ……」


 見た目は同じだ。

 同じだけれど……。

 ――あんな笑い方をするモノとは、違う。


「ち、がう」

「スズ君?」

「違う、違う、違う――この子は……この子は、俺の妹だ」


 女の子が笑う。


「兄ちゃん!」

「――」


 駆け寄ってこようとするのを抱き留めようと腕を広げ、名前を呼ぼうとしたところで――後ろへ引きずり倒された。


「おいたが過ぎるな。うちの子は、一人っ子だよ」

「ぎゃっ!」


 獏間が祈がいたソファを土足で踏みつけ、少女の頭を片手で掴んでいた。


「やめろ! やめて下さい! その子は俺の!」

「スズ君、しっかりしなさい。きみに妹なんていない。きみは呪いと自分の境界線まで曖昧になっている――僕が目を離した隙に取り殺しにきた呪いに、手なんて差し出したからだ。おかげで僕は、きみの名前まで呼んで、こっち側につなぎ止める羽目になったんだ……まったくお人好しで馬鹿な子め」


 獏間の声は優しいが、少女の頭を掴む手にはかなりの力がこもっている。

 しかし、手足をばたつかせている少女も怒りの形相で獏間を見ている――普通の子どもではあり得ない反応だ。


「よく見ろスズ君。きみなら、見えるはずだ……コレは、なんだ!」

「こ、これ、これは……この子は――」

「兄ちゃん! 兄ちゃん! はやく逃げよう! 一緒に逃げよう!」

「コレは呪いだ。そうだろう?」

 

 呪い――悪いモノ。

 呪われる――悪いコト。


 だったらこの存在は、悪だ。

 存在してはいけない、許されないモノだ。


(本当に?)


「兄ちゃん……! このっ、はなせぇ! 兄ちゃん、はやく! 逃げようよ! ここにいたら――また……!」


 ――そういえば、妹は……いいや、この子は。

 ――そういえば、俺は……いいや、兄は。


 その時、祈はたしかに視た。追われるモノと追い続けるモノで成り立つ、この呪いの本当の姿を。


(ああ、そうか。追いかけてきたのは――)


 だから自分はあんな夢を見たのだと分かり、祈は叫んだ。


「逃げなくていい!」


 大きな声に驚いたのか、ばたばたと暴れていた少女の動きが止まる。

 獏間がなにを言う気かと肩越しに振り返るが「大丈夫」と一言だけ告げ、祈は少女に駆け寄る。


「逃げなくていいんだ」


 獏間の緩んだ手から、自分の方へ引き寄せると着物姿の少女は呆けたような顔をしていた。


 その左右で色が異なる目が、だんだんと潤んでくる。

 泣きそうなのだと分かるのは、きっと夢で知っているからだ。

 だから祈は、彼女が怖がるモノの正体を伝えた。 


「もう逃げなくていいんだ。追いかけてきてるのは、悪い奴らじゃない――兄ちゃんだよ」

「……っ……」

「兄ちゃんが、いつまでも向こう側に来れないお前のことが心配で、迎えに来たんだ。それなのに怖がって逃げるから、追いかけてきてるんだよ」

「ち、ちがう、赤い奴らだよ! 大樹様の生贄にされちゃうよ! だから、ミコの代わりになる赤を、たくさん用意しないと! 大樹様へのお代わりを、たくさんの赤を! そうしないとあいつらが追いかけてきて、殺される! だから――」

「もう大丈夫だ。もう怖がらなくていい。逃げなくてもいい。追いつかれていいんだ――志乃」


 ぱちくり。

 少女が大きな目を瞬く。

 とうとうこらえきれなくなったのか、ぽろりと涙をこぼした。


「し、の?」

「ああ、そうだ。もう〝巫女〟は、やらなくていい。志乃でいいんだ」

「……志乃……〝ミコ〟じゃなくていいの?」

「そうだよ。今まで、よく頑張ったな。だから、志乃はもう休んでいいんだよ」


 くしゃりと表情が崩れる。


「志乃、がんばった?」

「ああ」

「もう、逃げなくていい?」

「ああ。だから、もういいよって言おうな?」


 追いかけっこもかくれんぼも、もうお終いにしないと。

 そう言うと、志乃はこくりと頷いて呟いた。


「もういいよ」


 ――もういいかい?


 どこからか、声が聞こえる。

 ぴくりと志乃の肩がはねた。


「もういいよ……!」


 志乃が再度返事をすると、きぃぃと小さな音を立てて事務所のドアが開き――その向こうに視線を向けた志乃は、目を見開いた。


 ――……みーつけた!

 

 ドアからは光が漏れるのみだが、たしかに向こう側に誰かいる。

 その証拠に喜びに満ちた声が聞こえた。

 次の瞬間、志乃はドアに向かって駆け出して行く。


 ――兄ちゃん!

 ――帰ろうな、志乃。

 ――うん……!

 

 きゃっきゃと子どもの笑い声が遠のいていく。

 そして――ドアはひとりでに閉まり……。


 コツン。

 床に黒い玉が転がった。

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